ぶたまん
中島みゆきの『ファイト』を聴いていたら
楽をして、生きてきました。
そんな私が今になって、何かに必死だと言ったら、笑うでしょうか。
ぬくぬくと、ぬくぬくと。
わずかな瑕も、つかないように。
汗をかいて働くことをせず。嫌な事からはすぐに逃げ。雑言からは耳を塞いで。
生きてきました。生かされてきました。
そんな私が今になって、夢を追うなど、許されるはずもない。
「あんなぁ、アタシ、行かれへんのよどうしても」
声を震わせないようにしても、スマホを持つ指は震えるのでした。
「母ちゃん置いて、行かれへん」
言い訳のように、母ちゃんを出す自分の癖が嫌でした。
本当は意気地のない自分。あなたについて行って、保証のない人生が恐かったのです。
反論が聞こえない内に、スマホは電源ごと切ってしまいました。
まるでもがき苦しむ様な点滅と、ブルルと震えたバイブレーション。
冷たい指で、ずっと握りしめていました。
ずっと話し続けたスマホはカイロのように、私の指を温めるのでした。
いつも優しく笑う母ちゃんを、置いてなどいけません。
父は早くになくなり、下にはまだ小さい弟。
それなのに母ちゃんは、私に苦労一つ感じさせず育ててくれたのです。
高校を卒業したからといって、置いていけるはずがない。
私だけ、その家族という楔から、逃れていいはずもない。
今度は私が働いて、母ちゃんに楽をさせてあげるのよと。思うのは本当なのに、涙が溢れて止まりませんでした。
帰り道、お土産は奮発して、蓬莱の豚まんにしました。
ほかほかと温かいそれを、生まれたての赤子のように、私は抱いて帰りました。