call
18の時、あの人の手を振り切るようにして家を出たのは、今でも間違ってなかったと私は思っている。
―――たとえ未だに、あの人の熱が肌に染みついて、忘れられない痛みになっていたとしても。
物心がついた時には、私には既に好きな人がいた。
それは隣の家に住む、優しい『たかひろお兄ちゃん』。
六つも年上の姉と同級生だった彼は、私を事ある事に邪険にする姉とは大違いで、私の姿を見れば構ってくれたし、私は彼の事が大好きだった。
私がようやく小学校に上がった年に彼らは中学生になり、やっと中学生になったと思ったら今度は高校を卒業していて、私はいつも彼に追いつけない焦燥ばかりを感じて青春を過ごした。
クラスの男子にキャーキャー言う友人たちとは話が合わず、それが原因でちょっとボッチになったこともあったけれど、それでも私はずっとたかちゃんのことが大好きだった。
たかちゃんを追いかけるようにその母校に進学し、彼が通った大学にも通おうと思っていた。
今思うと、思春期特有のバカさだと思う。
叶いそうもない恋に、若さと将来というきらきらした掛け金を、向う見ずにぶっこんでいたんだから。
私は一度もキスをしないまま、一度もエッチをしないまま高校を卒業した。
文化祭の準備を一緒にした男子とちょっといい感じになったこともあったが、私はたかちゃんがいつまでたっても好きすぎて、結局彼とは一回だけ映画を見に行っただけで終わった。
大きなたかちゃんの掌に撫でられると、私は天に上るぐらい嬉しかった。
もう大人だなという彼の低い声に、私はもっとずっと耳を傾けていたかった。
卒業式の後、私は玉砕覚悟でたかちゃんに真剣に告白した。
いや、告白なんて可愛いものじゃない。
入ったばかりの会社でミスをしたのか、落ち込んでやけ酒を煽っていた彼の背中に取りついて、無理やり私から押し倒したのだ。
その大きな背中と、伸し掛かってくるでかい図体と、なのに背中を丸めた弱った声が、私の脳みそをどうしようもなく溶かした。
何度もダメだと言っていたたかちゃんだって、結局はただの男だったのだ。
二週間後、私は姉に結婚を告げられた。
相手はたかちゃんだった。
お盆だから帰ってきなさいと、今年も携帯にかかってくる電話を私ははいはいと受け流している。
仕事が忙しいから、帰りの切符が取れないからと、毎年似たような言い訳をして帰りたくないと思っているこちら内心に向こうも気付いている。
17の時に両親が死んで、以来親同様に私の面倒を見てくれたお姉ちゃん。
あなたを憎みたくないから、私は実家に帰ることができない。
今も胸に残る、甘く苦いあの痛み。
逃げるように故郷を捨てたことを、私は少しだけ後悔していた。