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僕はできそこない


 僕は出来そこない。


 僕は出来そこない。


 心の中でそう唱えるより他に、この悲しみを堪える方法はないのでした。





「マジ、ダセェ」


 同級生の薄ら笑いを、僕は泥だらけで聞くのでした。

 半ズボンはずり下ろされ、白いブリーフはマジックの落書きだらけにされてしまいました。

 ママにどう言えばいいのでしょう。

 自分でやったのだという苦しい言い訳を、ママはいつまで信じてくれるでしょう?


 お調子者のまさやんと、クラスで一番頭のいい修一と、無口でおどおどしているチビのコータ。

 ひと月前までは一緒に遊んだ友達だったのに、今ではアツシと一緒になって俺に酷いことをします。

 アツシは一か月前に僕らのクラスに転校してきた『新しいお友達』です。

 アツシはクラスのリーダー格だった俺にケンカで勝つことで、あっという間に俺に取って代わりました。

 前はバレンタインチョコをくれたクラスで一番かわいいセイネちゃんも、今では俺の事を無視します。話しかけようとするとまるで虫を見るような目で俺を睨むのです。

 そんな時、心底いなくなりたいと願います。

 もう僕は、このクラスにはいたくないのです。


 本当は、ママに告げ口すればすぐにどうにかなることはわかっているのです。

 でもそれができないのは、アツシのケータイに撮影された僕がお酒を万引きしている動画のせいなのです。

 ママにそれがばれたら、僕はどんな目にあうのでしょう?

 殴られるでしょうか?蹴られるでしょうか?

 ママは普段はとても優しいけれど、僕がなにか間違ったことをするとまるで鬼のようになるのです。

 ママにまで見放されたら、もう僕は生きていけません。


 アツシは最後に、僕のランドセルを田んぼに放り投げて帰っていきました。

 ちょうど田んぼのど真ん中に着地した僕のランドセルを見て、まさやんは「ナイスコントロール!」と言ってアツシとハイタッチをしていました。

 ひと月前までは友達だったのに。

 僕はもう、涙さえ枯れていました。


 夕日の中で彼らを見送り、闇が迫る中で僕は田んぼに入りました。

 田んぼにはヒルがいると、学校の田植えの授業で習いました。

 これ以上泥にまみれるのは嫌でしたが、これでママには田んぼに落ちたと言い訳ができると少し思いました。

 ランドセルは中の教科書まで泥まみれになっていました。

 僕はまだ寒い夏の始まりに、ぐっしょり濡れて家路につきました。



 僕は出来そこない。


 僕は出来そこない。


 だからこんな目に遭うんだ。


 何度も繰り返した理不尽に耐えるための魔法も、もう擦り切れかけていました。

 もう僕は疲れ果てて、何もかも投げ出してしまいたくてしょうがないのでした。


 人間は残酷な生き物です。

 僕が小さな頃に面白がってつまらない虫を殺したように、僕のクラスメイト達も僕の事をつまらない虫けらの様にしか感じないようなのです。

 でも僕は人間だから、出来そこないでも人間だから、トイレで水を掛けられたら冷たいし、殴られたら痛いし、無視されたら悲しいのです。

 出来そこないに生まれるならいっそのこと、悲しみも痛みもない出来そこないに生まれたかった。

 僕は力いっぱい駆け出しました。

 叫びながら駆け出しました。

 人気のない田圃道で、通り過ぎる人は誰もいませんでした。

 逃げることはできず、立ち向かうこともできず、僕はただ走るのでした。


 出来そこないが、走るのでした。

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