ハズレクジ
未来のない恋にはもう飽き飽きしていた。
なのにいつもそのクジを引き当ててしまうのは、不運というより他になかった。
「水嶋主任、来月結婚だって」
「へぇ、お相手は?」
「地元の彼女だって。何でもお嬢様で、婿入りするらしいよ」
「え、てことは会社辞めるの?」
「引継ぎが終わり次第って話だけど、めでたい割になんだか急よね。実は裏でなんかあったりして?」
「仕事ミスったって話は聞かないけど…まさか会社の娘孕ませたとか?」
「あはは、あの顔でそれはないって」
―――――そうだったら、どれほどよかっただろうか。
私のこのだらしのない胎に、子供の一人も宿ってくれていたら。
そしたら故郷に帰るというあなたを、引き止める材料にぐらいなったのだろうか。
駅からの帰り道。
深夜を回った住宅地は静かだ。
一人暮らしが十年を超えてから、スカートを履いていても夜道に恐怖を感じなくなった。
コンビニに寄ってストッキングとタバコ、それに栄養ドリンクを買い、1DKの部屋に帰る。
給料はそこそこ。待遇もそこそこ。出世のスピードは女にしては速いが、それでも他の男を押しのけるほどではない。
先月、ずっと彼氏だと思っていた人に振られた。
その人は、地元に戻ってホントウの彼女の籍に入るという。
飲み屋の片隅。背広に埋もれた座敷席で、高らかに笑えた自分が今では切ない。
笑えたというより、他にどうしようもなかっただけだ。
旧友にすら、紹介されてくれない相手だった。
どちらも結婚している訳じゃないのに、今思えば誰かの目を気にするようにこそこそと付き合っていた。
会社の人間にバレたら気まずいという、彼の言葉を信用し続けた私こそ大馬鹿だ。
メンソールの細いフィルターに吸い付き、くゆる煙を見上げた。
もっと惨めたらしく泣きたかったが、変なプライドが邪魔をして未だに泣く事ができない。
不意に、蘇る風景がある。
木造の狭くて古いアパート、散らかり放題の部屋で。
夏。セミの声がうるさかった。
壁の厚さが薄いからと、頑張って声を殺したっけ。
大学生の彼氏は、夏休みはパチンコ屋に入り浸りのロクデナシだった。
敷きっぱなしの布団に落ちた血の汚れ。
あの時から、私はろくでもない恋ばかりしている。
バイト先の弁当屋の店長。
大学の年の割に准教授には程遠い万年講師。
三年物の遊び人の営業。
自販機の充填配送なんてのもいたっけ。
その内三人が既婚者で、一人はゲイだった。
だから今度の彼氏だけは、ようやくできたまともな恋人と、思っていたのに。
いや、そう思っていたのは私だけで、彼にとっては私は彼女でもなんでもなかったのかもしれないけれど。
男なんて卑怯でずるくて。
でも本当は、こちらの方がずるくて打算的だということは分かっていた。
故郷の両親は、もう私に結婚しろとも帰ってこいとも言わない。
去年生まれたばかりの初孫に夢中で、それが気楽でもあり苦しくもあった。
本当の愛とかいうやつはスクリーンの向こうにしかなく、この年になって趣味はハーレクインを読むことだとか恥ずかしすぎて誰にもいえなかった。
いつかは王子様がと夢見るシンデレラシンドロームにもなれない。
差し迫りすぎた自分の境遇から目も背けられずに、ただひたすら追い詰められて惨めになっていくだけだ。
端まで詰め寄られた金魚すくいの、逃げ道を失った金魚のようにあわあわと。