第4話「邪神ロキ降臨」
チンピラに刺されて気を失った俺が、放り込まれたのは漆黒の闇。
でもいわゆる『無』ではない。
意識を取り戻したら、感覚みたいなものも戻っていた。
但し、手を伸ばしても身体の感触はなく、その上、周囲は真っ暗で何も見えない……
ここはどこ?
と、思ったその時。
いきなり、下卑た笑い声が響いたんだ。
「ひゃあはっはっはっはっはぁ! ひょっおほっほっほっほぉ!」
「ひえ!」
俺は吃驚して、叫び声をあげた。
そして即座にイラっとした。
だって、今迄生きて来た中で、こんな声は初めて聞く……
一番、癇に障る笑い方なんだもの。
誰をも、めちゃ不愉快にさせる、かん高い笑い声なのさ。
何故か、笑い声に凄いエコーが掛かっていて、頭の中でガンガン響く。
例えれば、大音量のカラオケを、耳元で歌われているようだ。
でも、こんなの、声だけで分かる!
相手と、話さなくてもビンビン来る。
顔は、全く分からないけれど……
少なくとも性格は、最悪のヤローだって。
そんな最低の奴なんかと、絶対にかかわりあいたくない。
ああ、頭が痛い。
イライラも募って来る。
意識だけの俺が、酷い頭痛とストレスに身震いしていると、声のトーンが一変する。
「お~い、いつまで寝ているんだよぉ! 起きなさぁ~い」
あれ?
笑い声はかん高くて最悪だったけれど、地声は結構綺麗。
まるで歌手みたい。
それに何か、不思議な響きでもある。
ひとりの声じゃないみたい。
まるで歌手の男女ペアが同時に、ひとつのマイクで喋っているような感じだろうか。
しかし、そう思ったのも束の間だった。
猫なで声はいきなり豹変した。
「おい! いい加減に起きろったらよぉ! 起きなきゃ、くそデブ、てめぇ、殺すぞ、こんちくしょ!」
ああ、綺麗な声と品性は関係ないみたい。
俺の事、『くそデブ』って呼ぶし、口汚く殺すとか言うし……
やっぱりこいつ嫌い、超が付く下品さだ。
それにしても、相変わらず真っ暗闇だけど、ここはどこだろう?
俺はチンピラに刺された筈だから……もしかして死んだ?
まさか、地獄?
冗談じゃない。
柄にもなく女子を守って良い事して死んだ筈なのに、それはないだろう……
いや、違う。
あ~っ、分かったぞ。
ここは変な世界だ。
よく某サイトで、皆がネットで書いているラノベの転生ファンタジー話みたいになるのかな?
中二病の俺が「ぼうっ」とそんな事を考えていたら……
「ああっ! 何だ、てめぇ、しっかり起きてるじゃね~かよ」
あれ?
狸寝入り、ばれてる?
「…………」
「黙ってたって、ばれてるよ、ばっきゃろ! 寝ている振りしてんじゃねぇや! ビンゴだよ! おめぇの思っている通り転生したんだよぉ!」
「あ、そう……なんですか……」
……あれ?
声だけは出る?
って、喋れる?
じゃあ、喋ろう。
「あ、あの~、ちょっち良いですか? お願いしますから名前で呼んでくださいよ。俺、デブじゃなくて太郎です」
「はぁ? デブでも太郎でもよぉ、どっちでも一緒だろ」
「いえいえ、ちゃんと太郎って名前で呼んで下さいよ。だけどさっきから貴方、俺の心を読んでいるって感じなんですけど……一体何者なんです?」
観念して俺が答えれば、暗闇から再び『べらんめぇ言葉』が返って来る。
「じゃあ、仕方ねぇ……太郎よぉ、この状況と俺様の姿を見りゃ大体分かるだろう? 回りくどく説明するのは面倒臭くて、でぇきれぇなんだよ」
謎の声はそう言うが、相変わらずの闇、何も見えない。
「えっと、改めてお聞きしますけど、貴方は誰ですか? ここって真っ暗だし、俺、今の状況が全く分からないんですけど」
「おお、ちょっと待てぇや」
『誰かさん』の声がそう言うと、辺りの光景が極端に変わった。
暗闇だったのが、何と、真っ白な何もない空間になっている。
そして何か、俺の傍らで眩しく光ってる。
何となく、人型みたいな感じだし、誰かが居る気配がする。
だが、眩し過ぎて正視出来ない。
「うわ、今度は眩しくて見えないでっす」
「あ~、こりゃ失礼」
俺が正直に言うと、珍しく相手は低姿勢になった。
舌を出して「てへぺろっ」と苦笑でも、しているのだろうか?
「わりぃな、太郎。偉大なる俺様の霊光が強すぎたかな」
「霊光?」
「ああ、おめぇ程度の卑しい霊体の格だと厳しかったか。これで良いだろ、よしっと」
相手がそう言うと、すぐに白光が収まった。
そしてやっと相手が見えた。
居たのは……俺と同じ年齢くらいの少年だった。
しかし見た目は10代半ばくらいの外国人……金髪碧眼の白人少年である。
おいおい、この子がべらんめぇを喋っていたのか?
見やれば少年は何か古めかしい法衣を着ている。
中二病の奴には、中世西洋風魔法使いと同じ格好って言えば、大体通る。
少年は長髪で鼻筋が通り、整った美男子然とした顔。
何か、やけに大人びていた。
身長は俺と同じ170㎝くらいだが、すらりとした体型。
……悔しいけれど、俺と真逆なイケメンだ。
しかし、少年の笑い方には品がない。
嫌らしく口角を上げたまま、自己紹介をする。
「今度はちゃんと見えるか、太郎。この俺様はよぉ、神だ」
「か、神? やっぱり?」
ああ、これってラノベのお約束。
異世界転生への序章って事だ。
ここからは、まず相手の……神様からの話を聞くべきだろう。
「ああ、名乗ろうか。俺の名はロキって言うんだよ。最近、あまりにも神界で悪戯が過ぎてな。うっせ~上席に命じられて、いろいろな世界の管理者をやらされている」
は?
ロキ?
ロキって……あの、有名な北欧神話のロキ?
中二病の間では、トリックスターとして、超有名な神だ。
「ねぇ、ロキってさ……」
俺が名前をそのまま呼ぶと、怖ろしく凄味のある声が戻って来る。
「あ~? 何だ、太郎、てめぇ! ひ弱な人間如きが俺様をえっらそ~に呼び捨てにするんじゃねぇ! 尊称でロキ様と言えや、偉大なるロキ様と」
「ひ、ひえっ!」
俺は、びびった!
まあ、べらんめぇの声は大した事じゃない。
さっきと同じ、美声だもの。
びびった理由は……
美少年がいきなり怖ろしい悪魔へと変貌したから。
自称神のロキは、怒りで完全に変貌していた。
美少年の綺麗な碧眼は真っ赤に染まり、整った口元が裂けるように大きく左右に「ぱくっ」と開いた。
巨大な口の中の歯も鋭く尖っており、もろに肉食獣の牙。
ティラノサウルスかサメの歯みたいで、噛まれたらとっても痛そうである。
結論!
こいつ……神様なんかじゃない。
絶対に、悪魔だ。
俺がつらつら考えていても、ロキはまだ怒っている。
鋭い牙をむき出しにして、怖ろしい形相でまくしたてる。
「おい、てめぇ、こらぁ! たかが人間の癖によぉ、口の利き方に気をつけないとゴゥトゥヘル。地獄に落としてやるぞ、ごらぁ! 恐ろしい番犬が居る異界にな」
ひゃあ!? 地獄へ!?
い、嫌だ! それだけは勘弁して下さい~!
俺は咄嗟に判断する。
今迄の人生が甦る。
無理に逆らって、良い事なんてなかった。
嵐の時は、じっと通過を待った方が良い。
そう!
ここは、長いモノに巻かれろだ。
それが一番の解決方法。
「情けない!」って言わないでくれ。
昔、いじめられた時の経験がトラウマになっているんだ。
「ご、御免なさぁい! い、偉大なる、ロ、ロキ様ぁ」
俺が卑屈にへりくだると……
ロキはいかにも面白そうに大笑いする。
何とか、クールダウンしてくれたようだ。
「はっはっはぁ、な~んてな! おめぇを地獄へ送るとか、そんな権限は残念ながら今の俺様にはねぇんだよ」
「は?」
「かつてはよぉ、俺の娘のヘルが地獄のひとつを管理していたんだがな。まあ、ちょっち脅かすくらいは構わないんだけどさ、へへへ」
へ?
む、娘が居る? 地獄を管理するヘルって?
こいつ、何歳?
やっぱ、あの北欧神話のロキなのか?
徐々に落ち着いてきた俺は、この『ロキ様』に今の状況と詳しい話を聞いてみる事にした。
今の状況が全く分からないのはとても不安だからだ。
「ええっと、ロキ様ってもしや……俺の知っている、あの北欧神話で、いろいろとおいたをやらかしたロキ様ですか?」
「はん! 何がおいただよ! お前の居た世界に伝わっているロキが本当の俺様かどうかは知らねえが、北の神って言うのは確かだよ。それにな、俺様の機嫌を損ねないほうが良いぜ。何せお前が幸せになれるかどうかは、この俺様の胸先三寸なんだからな」
マシンガンのようにぺらぺら喋りながら、すっごく偉そうに、胸を張るロキ。
急角度でふんぞり返り過ぎて、今にも頭から落ちそうだ。
こいつの傲慢な態度に結構むかつく。
神は神でも邪神だろ、こいつ。
だが、俺は顔には出さず、あくまで低姿勢である。
「……何となく、これからの展開に関して予想はつきますけど、申し訳ありませんが説明して頂けますか?」
「おお、その謙虚さ、変わり身の早さ、凄く俺様好みだぜぃ。じゃあ手短かに説明してやろう」
ロキは完全に機嫌を直したようだ。
姿勢を正すと、俺に顔を向けて話し始めた。
「お前はよぉ、不慮の事故でいきなり死んだんだ。チンピラに刺されて運ばれた病院で出血多量でな。いわゆる予定に無いイレギュラーって奴だ。だがな、そのままじゃあ、まずいって上席が言うんでお前の魂が、俺の所へ回って来たんだよ」
いれぎゅらー?
上席の神様が「まずい」って言ってる?
もしかして、これって!
元の世界へに戻れるって意味か?
だったら、聞いてみるしかない!
「そそそ、それって俺が生き返れるって話ですか?」
イレギュラーで死んだと聞いて、一瞬色めきたった俺であったが、ロキはそんな一縷の希望を容赦なく叩き潰す。
「残念ながらノンノンノン。甘~い、お前、砂糖より超甘~い。そのまま生き返れるわけないじゃないの」
「え? 駄目?」
「くぉら! 超あめぇって言ってんだろ、ばぁか。お前に与えられる加護ってのはなぁ、元の世界への生き返りじゃねぇ。残りの人生をすんばらし~い異世界で生きられるようにする、いわゆる転生だぜ」
「…………」
「これだけでもすっご~い幸運なんだけどよ。お前はさらに幸運だぜぇ、何せこの俺様の所へ来たとくらぁ」
ロキの下へ来たのが、更に幸運?
意味、分からないけど……
?マークを浮かべる俺に対してロキは理由を説明してくれた。
「実は俺様もな、ここの仕事は、もういい加減飽きたんだよ」
「飽きた? ロキ様が仕事に飽きたんですか?」
「ああ、飽きた! だってよぉ、すっげ~単調、世界をただ管理するなんてすなわち退屈。だからよぉ、早く違う世界に移りたいんだ。そうは言っても自分の力だけじゃあ勝手にこの世界から出れね~んだよ、こんちくしょう!」
ここまで話すとロキは、肩を竦めて「はあっ」と大きく溜息を吐いた。
「じゃあ、どうすればロキ様は出られるんすか?」
「おお、よくぞ聞いてくれたぜぇ。ここから出る為にゃあよぉ、仕事をきっちり! それも出来るだけ早くクリアするしかねぇんだよ」
「クリアって、何だかゲームみたいっすね…………」
「おお、太郎。おめぇの言う通りだ」
「そうなんですか?」
「ああ! 一種のゲームと来たもんだよ、これが。具体的に言うとな、俺様が担当した人間の魂がすっげぇ充実した人生を送るってのが、重要なんだ」
「充実した人生ですか? 成る程」
「そんなわけでよ。俺様が担当するおめぇはすっげぇ運が良い」
え?
運が良いの?
人生詰んでるこの俺が?
あんた見てると、絶対そうは思えないけど。
「何せ偉大な神である俺様がさ、いつもより超が付く気合を入れた、ミラクルサポートの特典てんこもり~って訳だからな」
ロキ……彼は何か得体の知れない詐欺師みたいで、とても怪しい神様だ。
だけど転生モノの常で、神様の加護が全く無く、右も左も分からない世界で放置されるよりはず~うっとましだろう。
ここはやはり下手に出よう。
素早く計算した俺は思いっきりオーバーアクションで、喜びを表現する事にした。
「わぁ~い! じゃあ、俺は偉大なロキ様の仰る通り、とても幸運なんですね~」
わざとらしく、はしゃぐ俺。
セリフが、ちょっち『棒読み』だろうか?
しかし、ロキの機嫌は良くなったみたい。
「ふぁっははははは! そうよぉ、俺を信じろ、正直者の俺様は嘘をつかねぇ。今のところはな」
ロキは高笑いして、俺を面白そうに見つめたのであった。
東導 号作品、愛読者の皆様!
特報です!
『魔法女子学園の助っ人教師』
『第5巻』の発売が決定致しました!
皆様の多大なる応援のお陰です!
本当に、本当にありがとうございます!
発売日等、詳細は未定です。
◎そして!
この度『コミカライズ』が決定致しました。
宜しければ、11月12日付けの活動報告をご覧下さいませ。
既刊第1巻~4巻が発売中です。
店頭でぜひ、お手に取ってくだされば嬉しいです。
既刊が店頭にない場合は恐縮ですが、書店様にお問合せ下さい。
この機会に4巻まとめ買い、一気読みなどいかがでしょうか。
皆様の応援が、次の第6巻以降の『続刊』につながります。
何卒宜しくお願い致します。