第34話「仕える為には手土産を②」
髭面男は感情を露わさず無表情のまま、淡々と名乗った。
「俺は……バスクアル・バンデラス」
「うむ、バスクアルというのか」
と、俺が返せば、
髭面男――バスクアルはふてぶてしい態度のままで答える。
「おう! この猿からな、あんたがこの近辺の王族では一番高く、俺の腕を買ってくれると言われたから、わざわざこうして来てやったのだ」
わざわざこうして来てやった?
バスクアルは先ほどより、ずっと上から目線だ。
俺のような小国の王族など歯牙にもかけない。
こちらを睨むように見る目がそう言っていた。
しかし俺も、舐められたままではいられない。
「バスクアル! 中々、偉そうな口を叩くが、本当にそんな理由か? お前に志は無いのか?」
「はぁ? 志だと? 」
俺の言葉を聞き、バスクアルの顔に初めて感情が表れた。
「ああ、そうだ。人が生きる為に抱く、夢と言っても良い!」
「おいおい! 夢だって? ケツの青い王族のお坊ちゃん、大笑いさせるなよ!」
身分を考えたら信じられないバスクアルの罵詈雑言。
思わずエリックが剣の柄に手をかけた。
「な、何だと! 髭! 無礼だろう! 叩き斬るぞっ!」
「まあ、待てエリック。ほう! 王族の坊ちゃんである俺の言葉が、お前を大笑いさせるのか?」
「そうだっ! 今時そんなくだらんモノで飯は食えぬ。お坊ちゃん! 俺はな、配下1,000人を食わせていかねばならぬのだぞ」
バスクアルの言う通りかもしれない。
現実論を言えば確かに精神論的な志より具体的な仕事だ。
しかし俺はロキから貰ったチート能力『さとり』で、バンデラスの心の奥にある真実を見抜いていた。
思わず俺は大声で笑い飛ばす。
「ははははは! たわけ! そんなセリフは真っ赤な嘘だ」
「な、何!? ま、ま、真っ赤な嘘だとっ!」
前振りもなく、俺から「嘘だ」と言い切られたのに虚を突かれたのだろう。
バスクアルは驚いて、大きく目を見開いた。
驚くバスクアルへ、俺は容赦なくダメ押しする。
「おう! 俺がはっきりと真っ赤な嘘だと申しておる!」
「な! どこがだぁ!」
「どこが? ははははは! ズバリ言おう! バスクアル! お前達はもう、この世の中に絶望しているのだ」
「お、俺が!? こ、この世の中に絶望だとぉ!? な! た、戯言をっ!」
バスクアルは最後の抵抗を試みたようだが、無駄であった。
俺がここぞとばかり、きっぱりと言い放ったからだ。
「何が、戯言じゃっ! このたわけ者めっ!!」
「う!」
俺の激しい一喝に対し、バスクアルは気圧されたように、後ずさった。
「良く聞け! バスクアル、お前達傭兵はな、請け負う仕事が無い時は貧しい民を襲い、彼等から略奪して糊口をしのいでおる極悪人共だ」
「な! 俺達が極悪人だと!」
「はん、笑わせる。罪もない民を襲うのが正しき行いとでも抜かすのか?」
「い、生きる為だ! 生き抜く為だっ!」
「黙らんか、たわけ! くそつまらない言い訳など、うじうじ抜かす前に俺の話をしかと聞けぃ!」
「う、うう……ち、畜生!」
「バスクアル! お前はそんな傭兵稼業に嫌気がさした」
「く、うう……」
「立派な志を持ち、自分達を導いてくれる主君をあちこちで品定めしておる」
「む、むむむ」
「どうだ! 図星であろう! バスクアル、お前のつまらん本音など所詮そんなところだ」
「ぐっ!」
具体的な俺の指摘に、バスクアルは思わず言葉を詰まらせる。
しかし俺は容赦なくガンガン攻める。
「但し、犯した罪を自覚している事はこの俺が認めてやる。それにな、猿の紹介とはいえ、この俺に目をつけた事も大いに褒めてやろう」
「…………」
「ふむ、では命じる! バスクアル! お前達傭兵の命、この俺アーサーに預けい!」
「…………」
「俺についてくれば、この世界を変えてやるわい。民が安心して暮らす事の出来る、素晴らしい世直しの手伝いをさせてやる!」
「…………」
俺の誘いに対し、バスクアルは睨んだまま、ずっと無言。
じっくり考え込んでいるようであった。
しかし『信長モード』に入っている俺は、押しの強さも半端ない。
「バスクアル! どうじゃ! ここまで聞いたらさっさとはっきりせい! 愚図愚図迷っておるようなら今まで犯した罪により、この場でお前のそっ首、すぱっと刎ねてくれようぞ!」
燃えるような俺の真剣な眼差しを見て、バスクアルは観念したようである。
片膝を床に突き、左腕を真横につけた姿勢で、俺に臣従の礼をとった。
「は、ははっ! 恐れ入りました! このバスクアル・バンデラス、喜んでアーサー様にお仕えさせていただきまするっ!」
一方、トーマスは「この展開が想定内」とでもいうように、「にやにや」しながら見守っていた。
「よしっ! お前の返事、しかと聞いたぞ、バスクアル! お前と1,000人の配下は今日から俺の家来だ。それに猿っ! この程度ではまだまだ満足はせぬが、出した宿題をクリアしたお前も約束通り、俺の家来にしてやろう」
「ははぁ、ありがたき幸せで! 今後とも宜しくお願いしまっす!」
「ええええっ!」
トーマスの嬉しそうな声を聞いて、エリックの驚きの声が響く。
そして俺に常識的な見地から、諫言した。
「アーサー様! このような得体の知れない平民と山賊紛いの極悪傭兵を、しかも品もない……」
しかしエリックの言っている内容は、トーマスとバスクアルに対する偏見に過ぎない。
なので、俺は一喝する。
「エリック! この、たわけ者!!!」
「ひ、ひえっ!」
「馬鹿な奴め! いかにお前がそう思っていようとも、人の価値は身分などではない! ゆるぎない志と、突き進む行動力だと思っておる!」
「う、うう……」
「俺自体、価値が無くなれば王子などと威張ってはいられない、あっと言う間にお払い箱だ」
「し、しかし」
「しかしも、案山子もないわっ! 先程の話を聞いたか? こやつ等は俺の意を汲み取り、しっかり答えを出したのだ。現在、安穏と仕えている王宮の人間にこんな奴が何人居るか?」
「…………」
「おいエリック! 俺の問いに沈黙で返すとは、肯定か?」
「は、はい!」
エリックの会話を、トーマスとバスクアルは面白そうに見つめていた。
俺は鼻を鳴らし、更に言う。
「ふむ! 俺の言う意味がやっと分かったようだな。だったらエリック、以前も告げたが、お前にはゆくゆくやって欲しい仕事がたくさんある」
「わ、私に仕事が? それもたくさんですかっ!」
「おう! 弟のゴヴァンにも仕事を任すが……エリックよ、兄として絶対に負けるな」
「は、はいっ! アーサー様! や、やります! 絶対、弟には負けられません! この猿と山賊にもそうです! こいつらには死んだって負けたくないっ!」
「おし! 良く言った! 頼むのは難しい仕事ばかりだ、出来るか?」
俺が再び問うと、打てば響けとばかり、すかさずエリックが答える。
「は! アーサー様のご命令ならば! 立派にやり遂げてみせますっ!」
「うむ、良くぞ申した! 俺の仕事はな、お前が経験したこれまでのものより遥かに難題だ。しかし俺は安心して任せるぞ。何故ならお前は武術が得意なのは勿論、数理や人の配置も得意だと俺は見ている」
「え!? 私に文官の才が?」
「うむ、お前は俺にずっとつき従って来た唯一の騎士ではないか? そんなお前の事を俺が誰よりも知っておるのは当たり前じゃ!」
「アーサー様……」
俺が檄を飛ばしたせいで、エリックの心に響くものがあったようだ。
概して仕える者というのは、自分の内面を理解している主を損得抜きに信じる傾向がある。
ちなみに信長も部下を良く理解していた。
だから、彼が少々無茶をやっても着いて来てくれたのだと俺は思う。
「俺の護衛を無理やり押し付けられた、お前の心の内の葛藤は分かっていた」
「アーサー様……」
「他の者は皆、俺に見切りを付け、あからさまに弟のコンラッドと宰相へなびいて行ったからな」
「……確かに拝命致しました時は、私は不安でございました。アーサー様を良く存じ上げなかったからです。しかし今や、貴方にお仕えするのは、私の最大の喜びでございます」
「おう、ならば近い内に辞令を出す!」
「ははっ!」
「それにエリックよ、今の言葉の褒美をやろう! お前が仕事を頑張れば、爺と相談し、俺が可愛い嫁を見つけてやろう」
「ほほほ、本当ですかっ!」
俺の提案にエリックは案の定、食いつきが良い。
未だにトーマスの嫁ネネにいじられた傷がうずくようだ。
頭の中に『植物の名を持つ某賢夫人』を思い浮かべた俺は大きく頷いた。
見合い相手の女子の手配は、王子たる俺の権限で何とかなるだろう。
猿ことトーマス・ビーンが『手みやげ』を持って来たように……
俺も信頼する部下には、惜しみなくプレゼントをしてやりたい。
そう思ったから。
「エリック! お前はな、良き女房を貰えば更に良き男へ変わる事が出来る! 頑張れよ」
「は、はいっ!」
いつもより数倍気合の入ったエリックの返事。
俺は「にやり」と笑い、満足して頷いたのである。
いつもお読み頂きありがとうございます。
皆様へお知らせです!
『魔法女子学園の助っ人教師』
(小説版:HJノベルス様刊)
最新刊第7巻が12月21日に発売されました!!
王都でデートするルウ、フラン、ジゼルの素敵な表紙が目印です。
またジゼルの兄・王都騎士ジェローム、高貴なる4界王・火界王パイモンがイラストで初登場!
ぜひご覧になってください。
小説書籍版は既刊第1巻~6巻も好評発売中です。
店頭でお気軽に、お手に取ってくだされば嬉しいです。
『新刊&既刊』が店頭にない場合は恐縮ですが、書店様にお問合せ下さい。
この機会に7巻まとめ買い、この年末年始に一気読みなどいかがでしょうか。
ぜひ当作品を「ぐいっ!」と後押しして下さい。
何卒宜しくお願い致します。
ご購入された方は、
小説家になろう様の活動報告、もしくはツイッターへ、ぜひご一報をください!
東導は感謝感激状態となります。
そして!
※コミカライズ版『コミックス第2巻』も『11月27日』に発売されました。
第3巻に向けて既刊の第1巻ともども発売中です。
こちらも応援宜しくお願い致します。
その『コミカライズ』版が大好評連載中です。
株式会社スクウェア・エニックス様の刊行雑誌、
月刊「Gファンタジー」※毎月18日発売にて、コミカライズ版最新話が読めます。
藤本桜先生の筆致で描かれる華麗な魔法世界を体感してください。
現在12月18日発売1月号にて最新話が読めます。
また「Gファンタジー」公式HP内には特設サイトもあります。
コミカライズ版第1話の試し読みも出来ます。
WEB版、小説書籍版と共に、存分に『魔法女子』の世界をお楽しみくださいませ。
そしてもうひとつ!
マンガアプリ「マンガUP!」様でもコミカライズ版が好評連載中です。
毎週月曜日更新予定です。
お持ちのスマホでお気軽に読めますのでいかがでしょう。




