第22話「茶の湯の心②」
エリザベスが驚いたのは当たり前かもしれない。
これも昨夜、「エリザベス視点から見た」という事で聞いていたが……
イシュタルが輿入れした際、当然の如くだが、
オーギュスタが『侍女』というい名目で護衛についていた。
しかし……オーギュスタがただの侍女ではない事は一目瞭然。
ブリオーではなく、アヴァロン独特のごつい革鎧に身を固め……
肩幅が広く、二の腕がムキムキ、全体の体つきも超がつくたくましさ。
その時のオーギュスタはいかめしい顔付きで、周囲を睥睨していたという。
完全にこわもての『女武官』という雰囲気で。
だからエリザベスは驚いた。
目の前で優しい笑顔を浮かべるオーギュスタが、全くの別人に見えるから。
『こわもて武官』というイメージと、全く合わないのだろう。
でも……
実は俺のサプライズって、イシュタルとエリザベス起こすだけじゃない。
このオーギュスタにも、ドカンとさく裂する予定なのだ。
「さて、じゃあオーギュスタ、お前には俺を手伝って貰おうかな」
「へ?」
全く想定外の依頼に、オーギュスタはきょとんとしていた。
まるであどけない少女のような仕草で。
当然だろうな。
何も言わず、ただ「待て」としか命じてはいないから。
「ははははははは!」
吃驚しているエリザベス、そしてポカンとしたオーギュスタを見て、俺は大笑いしていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アーサー様!」
「お兄様!」
イシュタルとエリザベスの声が部屋に交錯した。
「まるで落ち着かない!」というせがむような声である。
予想通り、嫁と小姑の間には、やはり険悪なオーラが飛び交っていた。
しかしそれも一瞬の事。
本来、使用人が行う給仕役を俺が行うのを見て、唖然としてしまう。
そして、次期王の俺に給仕をさせるのが、心苦しいという気持ちもふたりからは伝わって来るのだ。
「いいから! 座っていろ」
俺は手を振り、ふたりが立ち上がろうとするのを制止すると、テキパキと皿やフォークなどを並べて行く。
そして同じように立ち働くオーギュスタへ、
「おい! オーギュスタ、料理の準備は出来ているか?」
「は、はいっ!」
がらがらと鳴る車輪付き台車に乗せて、オーギュスタが持って来たメニューは……
豆のポタージュスープ、色とりどりの野菜サラダ、スクランブルエッグ、香辛料入りのベーコンソテー。
そして焼き立てのパン……
皆、思うだろう。
王族の摂る食事にしては、質素で地味過ぎると。
そう、このアルカディアは大陸の北方にある辺境の国。
王族とはいえ、『祝いの席』以外は極めて質素な食事なのだ。
まあ食事内容はさて置き……
俺は昨夜のうちに、王宮の厨房へ行き、料理長へ依頼をしていた。
嫁と妹、ふたりとどう決着するか見極めは出来なかったが、食事の支度を手配していたのだ。
結果、俺の計算通り、ふたりとは心を通じ合う事が出来た。
後は、イシュタルとエリザベスの歩み寄りを促し、国交回復の為に尽力するだけだ。
その、具体的な方法とは……
信長が愛した、茶の湯に基づいた『もてなしの心』である。
先ほども言ったが……
そもそも俺とオーギュスタがやっている給仕作業は、通常、使用人がやる仕事なのである。
だからイシュタルとエリザベスは慌てている。
次期の王たる俺が自ら皿を並べ、料理を盛り付けしているのだから。
しかし茶の湯で言う『もてなし』とは……
己を下げて、来訪した客に対して限りない丁寧さで対応する事。
西洋風のこの異世界。
茶の湯が通用するかどうかは、分からない。
しかし、『切れ者』と見込んだイシュタルとエリザベスには、俺の想いが通じると信じ、この朝食会をセッティングしたのだ。
やがて……
食事が始まった。
予想通り、イシュタルとエリザベスは黙々と食べている。
お互いひと言も……口をきかない。
そんな簡単に、事は運ばないという証明だ。
まあ、これは想定内。
すぐ上手く行ったら、完全にご都合主義だ。
何故なら人間の感情は複雑だし、算数のように割り切れない。
現実はそう甘くない。
しかし、俺はペースを崩さない。
オーギュスタに指示を出し、ふたりでイシュタルとエリザベスへの給仕をする。
お代わりを求められたら、新たに皿へ盛ったり、お茶がなくなれば即、淹れてやったり……
そして頃合いを見計らって、俺とオーギュスタも食事を摂る。
俺を見るオーギュスタの表情は穏やかである。
昨日のコミュニケーションがばっちりと功を奏し、彼女は俺へ、心を許してくれているようだ。
自然と、俺達は他愛もない話で盛り上がった。
ん?
感じるぞ。
俺とオーギュスタの話に、イシュタルとエリザベスは反応、しっかりと聞き耳を立てている。
そして、恋愛感情がないオーギュスタとの仲を疑い、嫉妬の感情も起こっていた。
こうなればしめたもの。
俺は本題に入る。
そう、茶の湯の精神を応用した話をするのだ。
とりあえず、相手はオーギュスタひとり。
何故、俺がこのようにもてなすかを、傍でイシュタルとエリザベスにも聞いて欲しいからだ。
「おい、オーギュスタ。飯はひとりで食べても美味くない。こうやって誰かと一緒に食べた方が絶対に美味しいし、とても楽しいだろう?」
「た、確かにアーサー様の仰る通りです」
「不思議なものだ。昨日まではお互いに知らない間柄なのに、こうやって親しく飯を食べている」
「はい! 不思議です」
「オーギュスタ、知っているか? 東方に、一期一会という言葉がある」
「東方に? 一期一会? いいえ、存じません」
「ははは、知りたいか?」
「ええ、アーサー様、ぜひご教授を」
「OK、俺が好きな言葉のひとつだ。意味はな、縁があって折角出会ったからには、この出会いを大切にしなさいということだ」
「この出会いを……大切に……」
「はいっ!」
ここで、突然エリザベスが手を挙げた。
まるで、挑むような眼差しを俺へ投げかけて来る。
「質問致します、お兄様!」
「おう!」
「一期とは……どのような意味でしょうか?」
ああ、俺の言った事に対する質問か。
多分、イシュタルへの対抗心だろうが、学ぶのに前向きなのは良い事だ。
当然、俺は答えてやる。
「一期とは、生まれてから死ぬまで……つまり一生という意味だ」
「はいっ!」
今度は、イシュタルが手を挙げた。
こちらも、気合が入った声だ。
エリザベスへ対抗して、質問をして来るのだろう。
で、案の定。
「旦那様! で、では! 一会とは?」
「ははは、文字通りさ。一度しか会わない、つまり二度と巡ってと来ないという事だ」
「な、成る程!」
エリザベスとイシュタルからは、対抗心からか、燃えるような波動が伝わって来る。
うわ!
女の情念って、凄い……
何て驚いている場合じゃない。
俺はこのふたりを、上手く使っていかねばならないのだから。
「うん! 一期一会とはな、こうして出会っているこの瞬間は、もう再び巡って来ないたった一度きりのものかもしれない。だからこそ、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のやりとりをしようという意味さ……俺はそう解釈している」
「それは素敵な言葉です」とエリザベス。
「奥深い言葉です」と、イシュタル。
ふたりとも違う言葉で、『一期一会』に関する気持ちを表現してくれた。
「ああ、俺もそう思う。この場に居る者は全て一期一会の出会いだと俺は考えている」
「ちらっ」と見れば、イシュタルもエリザベスもこちらに目を向けて真剣に聞いていた。
オーギュスタだけは「我関せず」という感じで、一見黙々と食事をしていた。
但し、しっかりと聞き耳を立てている。
俺は僅かに微笑み、話を続ける。
「誰もがそれぞれ、思いは異なる部分もあるだろう。だが王家と家臣全員で力を合わせ、この国を豊かにし、全国民が幸せになるべく頑張りたい。目的はひとつなんだ」
俺が話を締めても、相変わらずイシュタルとエリザベスは目も合わさない。
お互いにひと言も話さないのだ。
しかし……
当初感じた険悪な雰囲気はだいぶ和らいでいる……
うん!
焦らずに行こう。
まずは、これくらいで良い。
俺は更に今日行う業務の話をした。
それは例の件、王都の視察に行く事である。
視察は、具体的にどうするかとも話す。
そう、俺と騎士エリックふたりきりで、目立たない恰好をして行く事を告げたのだ。
案の定、不満が出た。
イシュタルも、エリザベスも、「絶対俺について行く!」と言い張ったのだ。
しかしふたりはすぐに気が付いた。
自分達ふたりが一緒に行けば、目立ち過ぎる事を。
そして、『喧嘩相手』が引く筈はないという事も再認識した筈だ。
結果、王都の街中で喧嘩にでもなれば、俺の視察はぶち壊しになる事も。
他にもいろいろとデメリットを考えてくれたらしい。
最終的には「同行せず」という事で、ふたりは渋々納得したようだ。
「気を付けて」という言葉を、最後には贈ってくれたのである。
そんなこんなで……
俺は、一風変わった朝食会を無事終わらせたのであった。
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本当に、本当にありがとうございます!
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この機会に4巻まとめ買い、一気読みなどいかがでしょうか。
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