第20話「デレ嫁、デレ夫②」
漆黒の瞳から涙があふれ出るイシュタル……
よほど辛かったのだろう。
「イシュタル、お前はアヴァロンのオヤジ殿から重大な使命を受け、努めて平静を装いながら不安を隠しアルカディアへ来た。俺のような軟弱且つ大うつけ者に嫁ぐ為にな」
「おお、う、うつけ者?」
はは、イシュタルは『うつけ』という言葉を知らないらしい。
「ふん、巷で俺はそう呼ばれておる。だから、よ~く覚えておけ。おおうつけ者とはな、大が付く馬鹿者って事だ」
「…………」
「まあ、暫くは出来る限りそう思わせておけ。それで世の中が平和ならな」
「…………」
「だがいつか、お前のオヤジ殿が俺を一人前の男として認め、両国が真の同盟国として並び立った時」
「…………」
「イシュタル、お前はこの俺に嫁いで良かったと心の底から思う筈さ」
俺がそう言うと、イシュタルは同意したのか大きく頷く。
もう彼女の涙は……止まっている。
「はい、その通りですわ。アーサー様。私、今はっきりと分かりましたから」
「ん? 何をだ?」
「似ておられます」
「ふん! 誰にだ」
「アーサー様は……私の父にとても良く似ておられます……いえ、父以上にずっとずっと大きい人です」
「ほう、俺が大きいか」
「はい、器が! ……いつか貴方を父に会わせとうございます」
「俺をそなたのオヤジ殿に会わせてどうする?」
「思い切り自慢致します」
「何? 思い切り自慢だと?」
「はい! おおうつけなどとんでもない! 私の……イシュタルの旦那様はこんなにも大きな器の人だと自慢致します」
イシュタルめ……
「うつけ者だ」と噂される亭主を器量人だと父へ自慢する?
可愛い奴だ。
それに、イシュタルが自慢したら父王は大いに驚くだろう。
そんなシーンを想像したら凄く面白い。
「ふむ……では約束しよう。俺はいつかお前の父に会おう。その時大いに自慢するが良い」
「は、はいっ! アーサー様! ありがとうございますっ!」
イシュタルはそう言うと、「ひし!」と俺に抱きついて来た。
それから……
俺はいつの間にか、イシュタルを抱きながら眠ってしまったらしい。
真っ暗闇の中……
俺は、目が覚めた。
見れば、窓の外もまだ真っ暗闇。
そうか、夜が明けていないんだ。
一瞬、ここはどこ?
俺は誰?
……って思った。
でも、思い起こして認識した。
俺はコンビニでチンピラに殺され、転生したんだ。
わけの分からない夢のような世界で、これまた怪しい悪魔というか邪神ロキのサポートを受け……
平凡以下のさえない少年、ブタローこと雷同太郎から……
この中世西洋風異世界へ飛ばされ、アルカディア王国王子アーサー・バンドラゴンになったんだと。
凄い事にロキから授けられた、チートな俺の身体は夜目が利く。
真っ暗闇の部屋だが、はっきり周囲が見えるんだ。
ふと見れば、傍らには俺に寄り添うひとりの女子が居る。
満足そうな顔をして、眠っている。
そう、俺の嫁イシュタルだ。
時計があったので、改めて見れば、まだ夜中の午前3時過ぎ……
成る程、外が真っ暗なわけだ。
そう、この俺、アーサーの部屋には魔力で動く時計がある。
うん、本物のアーサーから貰った記憶で知っている。
これは、イシュタルとの婚約が決まった時、アヴァロン魔法王国から記念として贈られたものなんだ。
うん!
もう、完全に目が覚めた。
ちなみに前世の太郎はこんな時間には起きない。
「ぐうぐう」寝ていて、まだまだ夢の世界に居る筈さ。
そういえば……
信長は、極端に睡眠時間が短かったと伝えられている。
俺は、思わず苦笑してしまう。
ロキの奴、こんな事まで信長の力を完全コピーしてくれたんだって。
記憶を手繰り、さっくり計算する。
数回に渡るイシュタルとの愛の交歓が終わり……
寝ついてから、まだ3時間くらいしか経っていない。
更に俺は思い出す。
実は……
昨日、大広間で宰相オライリーをぶっ飛ばし、エリザベスの部屋へ行く前に、一計を案じた。
王宮の某所へ行って、ある事を申し付けて来たのだ。
「う~ん……」
傍らで寝ているイシュタルが、まるで寂しがるように手を伸ばし、俺へしがみつく。
感じるぞ、魔力の波動で分かる。
まだ彼女は寝ていて、無意識な行為であると。
多分……
俺とイシュタルが「同衾した」事は、妹のエリザベスへは伝わっているだろう。
父クライヴ同様、エリザベスは俺の暗殺計画を知っていた節がある。
となれば、エリザベスは城内に結構な情報網を持っていると見て良い。
「ふっ」と苦笑する。
俺は王子、否、もうすぐこの国の王になるんだ。
キモオタ&チキン野郎と呼ばれた俺が王様になるなんて、今でも信じられないけれど。
その為、昨日同様、いろいろやる事がある。
ロキの仕組んだ信長と同じ厳しい環境だから、愚図愚図してはいられない。
簡単に死ぬのは嫌だし、絶対に生き残りたいから。
その為には、まず情報収集。
アーサーから貰った知識はあるけど、実際に見てみないと、役に立たない部分もある。
まず俺は今日、我が王都ブリタニアを視察するつもりだ。
う~ん、視察……そうだ!
もし出掛けると言えば、嫁イシュタルも妹エリザベスも、俺について同行したいと言うだろう。
だが……
俺は、ふたりとも連れて行かないつもりだ。
理由は簡単。
イシュタルとエリザベスの不仲は勿論、超美少女をふたりも連れての視察は目立ち過ぎるから。
それこそ、万が一何かあった場合、どちらかを守り切れない場合がある。
但し、不仲をそのまま放置してはおけない。
今日すぐに改善されるとは思えないが、手を打つ事にしたのである。
つらつらと考えていたら、イシュタルが……起きかける。
彼女の可愛い手は、俺の二の腕をしっかり掴んでいた。
それだけでも愛しさがこみ上げて来る。
俺はつい全てを忘れ、見入ってしまう。
「うう~ん……あ……」
「…………」
うん!
改めて思う。
美少女は、寝ぼけた顔も超可愛いって。
また眠るかもしれないから、俺はそのまま放置。
しかし、イシュタルは目をぱっちり開ける。
「アーサー様……」
「おう、起きたか。まだ眠いだろう? 身体の方は大丈夫か?」
そう……
経験不足の俺は、上手く出来たか、心配だ。
結構な荒々しさはあったけど……
改めて、愛する嫁を労わってやらないと……
「身体は……ちょっと痛かったですけど、大丈夫です」
「そうか、ありがとうな」
俺はつい礼を言ってしまった。
あまり具体的に言うのは、とてもはばかられるけど……
イシュタルは、凄く素敵な思い出をくれたから。
「いいえ……私こそ、ありがとうございます」
イシュタルはそう言うと、再び「きゅっ」と抱きついて来た。
こいつ、本当に可愛い。
甘えるイシュタルを、俺は優しくそっと抱きしめてやったのであった。
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