赤い瞳の生神
生きる、って何だろう。
死ぬ、って何だろう。
そんな漠然とした事を考えながら何年が経っただろう。
いつまで考えたって答えなんて出なかった。
手首を切ってもそこからは赤い液体が滲むだけで死ねはしなかった。
少しの痛みと過剰な空虚感が胸を満たしただけ。
一晩眠って目が覚めれば、またいつもと変わらない日常が幕を開ける。
起きて、朝ごはんを食べて、学校へ行きくだらない時間を過ごし、家に帰って、そして寝る。
何も変わりやしないし、変えることもできない。
瞬きをしても目に映る世界は濁ったままの世界だった。
「僕はこのまま生きる意味も死ぬ意味も知らずに生きるのか」
そんな言葉を呟く午前0時過ぎ。
遥か地上の光るネオンを眺めながらビルの屋上の手すりを越える。
足元から吹き抜ける風を頬に受ける感触を確かめる。
息を大きく吸い込み、冷たいアスファルトを蹴る一秒、少し前。
「そうして君は死ぬのかい?」
そんな言葉が僕を引き止めた。
ゆっくり手すりを掴み声の聞こえた背後へと目を向ける。
暗い闇の中でもハッキリと見えるのは赤い瞳。
まるでルビーか何かの宝石のような瞳。
でもその色はどこか禍々しい血のような赤色。
「面白いね君は。そうか、君はここから飛び降りるんだね。ふぅん…ありがちだなぁ」
長い睫を伏せながら口元を押さえ笑う彼女は絵画のように綺麗だった。
「あぁ勘違いしないでほしいのだよ。僕は別に君がここから飛び降りるのを止めに来たわけじゃないのさ」
「じゃあ…放っておいてよ」
「放っておくさ。…けれど、本当は君。
死にたくないんだろう?」
「そんなこと…思ってない。死ぬつもりだよ」
「思ってるさ、そんな事言う奴に限って死んだ後に未練が残ってるなんだかんだ言って現世に留まろうとするのさ。困ったものだよ」
「…はぁ?」
まるで死んだ後の人間の行く末を知っているかのような口ぶり。
少しの恐怖と不安が体中を駆け巡る。
「僕にとって人間が死のうが生きようが知ったこっちゃないけどね。だって生きるのも死ぬのもソイツの勝手だからさ、分かるだろ?」
彼女が着ているセーラー服のスカートの裾が風に揺れる。
肩までの綺麗に揃えられた髪を彼女は指で弄りながら笑いを漏らす。
「死にたいならさァ、こんな誰にも知られないような場所で死ぬのやめようよ。
誰にも知られず、死んだことも知られず、誰にも忘れ去られた時に見つかるなんて寂しすぎない?
ならさ、今すぐ大通りへ飛び出していってトラックにぶつかってさ、死のうよ。
そしたら君は大勢の記憶の一部となって生き続けるんだ。死にながら生き続ける…面白いよねぇ」
「一体何なんだよ…お前。僕に何が言いたいんだよ?」
渇いた喉からやっと絞りだした言葉。
震える腕を押さえながら目の前の彼女を見据える。
名前も知らない彼女は、笑っているような怒っているかのようなどちらともとれる表情をしていた。
「僕はね、君のようなさァ死にたい生きたがりを見届ける仕事をしてんの。俗に言う…死神みたいな?
あぁでも僕、死神じゃないんだった…そう生神。生きる神と書いて生神ね」
「それは分かるけど…」
「ふふふ、僕はね生神として君を見届けることにしたのだよ。君がね気に入っちゃったんだ。
生きる理由も死ぬ理由も分からずにフラフラしているのが気に入ったのさ。」
「意味が…理解できない。神とか…そんなの存在するわけないだろ?あんなのは人が現実逃避した先に作り上げた妄想だ」
「あちゃー…信じてはくれないのだね?
うーん…仕方ないかァ…」
眉を八の字に下げて困った表情を見せ白く細い腕を僕へと伸ばす。
腕が僕の肩へと添えられる。
「ねぇ、僕が神だって信じられない?」
「信じられないね。いるわけがないもの」
添えられている腕に力が籠もる。
「そうか。なら信じてもらうまでだね」
トンと押された僕は足がアスファルトから離れ宙へと放り出される。
「僕は九十九 黄泉。次に目が覚めた時まで覚えておいてね」
段々と離れていく先に彼女は笑いながら僕に手を振っていた。
意識が飛びそうになる瞬間、桃の匂いが彼女からしたような気がした。
そしてそのまま僕は体が激しく叩き付けられる衝撃に意識が飛んだ。