『ドラゴニック・食事』
――食事の話であるが、私の場合は手探りでドラゴンの生態を調べているのもあり、ドラゴンに対して右も左も解っていないというのが正直なところであった。私の抱くイメージでは、ドラゴンは突如人間を襲って喰らうような非常に獰猛な生物で、よって、肉の「ひときれ」でも与えてみたらどうだろうと思いたった次第であった。精肉店で鶏肉の小分けにされた塊を購入し、まだ産まれたばかりの竜の前に無造作に置いてみたのだ。私が一日かけて造った竜のカゴ……言うなれば手製のベッドの中にちょこん、と収まった私の小さな飼い竜は、鶏肉に鼻を近付けたかと思うと、ひょい、と自分の頭ほどもある塊を軽々しく持ち上げると、私の期待とは裏腹にカゴの外へとすぐに放り投げてしまった。大抵の人が持つ一般的な竜のイメージでは、彼らは肉食のはずである。なにが気に入らなかったのだろうと、赤ん坊であるドラゴンをあやすように、私はひそかに買っておいた山羊の乳をふるまってみることとした。すると、口、まだうまく生え伸びていないらしい牙の横側から顎をつたうほどに広くこぼしながら、まるで人間のそれのように喉を鳴らして飲み始めたのである。記憶が確かならば蜥蜴などは乳を飲む習性ではなかったはずだが、と首を傾げるも、私はなんとか「飼い竜」として飼っていくめどが立ったことに素直に喜んだものだ。つまり乳を飲むことで慣らしてからそれを発酵させたもの、例えばチーズなどを与えてやればよいという考えである。ただ、どうしてドラゴンが肉を食べなかったのか、また乳ならすんなり受け入れたのかは再考する必要がありそうだ。私のドラゴンが特別「好き嫌い」が激しい個体なのかもしれないな、と冗談めいた思いもあるがそれは一旦胸にしまっておくことにする――。
「そういえばニル、おまえはどこでドラゴンの卵を拾ったんだ?」
「知らない」
今日は私が調理当番のはずだが、例によってすっぽかしてしまった。
……ので娘はむくれているのか。
「どうせ親に言えないような危険な旅でもしてたんだろう」
ニル。茶の髪にのっかったポニーテールをぶんぶか振り回した。
「そ、それは秘密っ」
「まったく、おまえというやつは……」
娘が旅から帰ってきてから何度ついたか解らないため息だ。さらに家を出ていったときも、数え切れないほどこんな息を吐いてきたが、な。
「そんなこと言うけど、お父さん」
ん。
なんだ。
「この家の中だって十分危険だったよ」
……。
まあ確かにな。
例えばそこの柱の大きな傷。
例えるなら猛獣が暴れた後。
いや獣よりもある意味タチが悪いのかもしれない。l
……なぜなら、我が家の飼い竜、ムシュは幾度となく『暴れた』のだ。