『ドラゴニック・卵』
――さてここで卵の話になる。竜の卵と聞いて、どういうものを人は連想するのであろうか。私の場合は、黒曜の岩のようにごつごつ、としたそれであった。だが、私が先日手に入れた竜の卵とされるものは多少表面が荒いものの、むしろ真っ白で、私は鳥の卵を思い出したものである。ちょうど鶏の卵をそのまま大きくしたものと考えた方が近い。とはいっても竜卵にも個体差があるとも考えられるので、実際は岩のような卵も存在するのかもしれない。私は卵を屋敷に持ち帰った後、当然ながら「孵化」させるための準備をはじめるのだが、なにしろ人の住めないところに巣を張ると思われるドラゴンの卵である。頭を捻れどもいい案が浮かばず、ましてやどういう風に「中身」を殺さず保管したらよいかでさえ思慮が及ばない。その前に肝心の「中身」は既に死んでいるのかさえ現時点では解らなかった。指で軽くこつこつ、と弾いてみたときの内部の詰まっている感触を頼りに、私は卵が生きているものと仮定して、少し考えてみることにした。……これは卵である。つまり鳥、特に身近な鶏のそれに近いものではあろう。あと私に近い卵を生む生き物としては蜥蜴がいるが、こちらはさらに外見もまたドラゴンに似ているのでおおまかな参考にはなりそうである。鶏の場合を調べたところ、どうやら卵を暖める性質があるようで、私もドラゴンの卵を温めてみることにした。まず綿の布切れで巻く。そして暖炉の前に慎重に固定しておくことにしたのだが、なにしろ私は竜の肌の温度というものを知らない。いったいどういう加減で熱をあてやればいいのか、全く未知の領域だったのだ。私は次に蜥蜴の資料に目を通したが、蜥蜴類の体の温度はほぼ環境によって変化する冷血なものだとしか記されていなかった。そんな折り、私がほとほと困っているところに、我が娘がやってきてこう述べたのだ。そんなことで死んでしまうような「やわ」な子じゃドラゴンの名が廃る、と。私は目の覚める想いと未だ残る不安を同時に抱えたまま、暖炉の前の「ゆりかご」に置くことにした。やがて月が一回りして、さすがの私も諦めようとしたそのとき、卵の表面に小さな「ひび」が入っているのを娘が発見したのだ。徐々に、三日くらいかけて「ひび」は大きくなっていき、ついには中から湿った苔のような深い緑色の小さな腕が覗いたのだ。そこには既に竜の爪までもが生えそろっていた。私が目撃した初の、かつ人の手による竜の誕生の瞬間である――。
「お父さん、卵のことだけど」
屋敷の奥から娘の声がする。
「なんだニル、おまえ私の考えていたことを知ってたのか。」
「一個だったよね?」
「あぁ、一個だったとも。二匹分じゃなかった」
うちにはムシュ一匹。だがそれでも手に余る。
「前のさ、ふかしたりしたのも良かったよね」
「あぁ、ちゃんと孵化したのは実に感動的だった」
「焼いたらダメだった?」
「もし暖炉で焼いていたらアウトだったろうな」
「じゃあ大丈夫なんだ」
「うむ」
冬の間は私もドラゴンの卵に気を配ったものだ。
「結構、買いやすかったんだよね」
「私は飼うのは相当大変だったがな。近頃はそれでも慣れてきたが」
人の手によるドラゴンであるムシュを飼うのはなかなか大変である。
「お父さん、買うの苦手だったんだ?」
「あぁ」
「へぇ……意外」
なにが意外なものか。
人の世界でドラゴンを飼うというのがどういうことかくらい、知っているだろう。
そもそもモラル上それが正しいのかも解りはしない。
なにしろこの街では他に聞いたことがないのだからな。
「……はい、お父さん、卵焼きどうぞ」
「?」
……そういえば、先ほどからちょうど腹が鳴っていた。
しかし、デリカシーのない娘め。




