『ドラゴニック・巣』
――巣の形成というのは、生命にとって必要不可欠のものである。中には巣を持たない流浪の動物もいることはいるが、ひとまず議題のドラゴンにとっては巣はやはり重要な要素のはずで、私が着目したのもそこである。といっても、私が持っているのはただの竜の卵でしかないので、私は学園の教授たちに聞いてみることにした。返ってくる答えは伝説でしかなかったり、またはただの滑稽な予測でしかなかったが、興味深い意見もいくつかあった。私が大変驚いたのは翼竜のひとつの話で、なんと翼竜は深い山岳の奥地、断崖絶壁の側面に巣を作るというものだ。翼がある性質上、鳥のように転落はしないだろうが、翼竜の堅い鱗のイメージが崖の岩を連想して、私は興奮で血液の温度が上がった気がした。だがしかし、翼竜は厳密にはドラゴンではないのだ。ドラゴンの話に移る。ドラゴンも翼竜同様に山岳に巣をはるケースが多いようだ。だがたとえば雷竜は稲光が瞬く雲の中に、火炎を吐く竜は活火山のマグマにすら住まうと聞いて、今度は私の血の気が引いたものである。ドラゴンの巣に関しては資料が少なく、不明な点が多いのだがとりあえず、ドラゴン自身の性質でその巣の場所も大きく変わるのだということははっきりと記しておく。そして、環境がドラゴンを作るのではない。ドラゴンが環境を選択するのである――。
「ふう」
特に意味のないため息を吐いてカップをすする。
木の実を絞りお湯で煎れたものだ。
……いい気付けになる。
私のいる書斎をランタンの淡い光が揺らめき照らしている。
ここは特別に机や本棚の資料がひしめいていて狭いが、私の屋敷は広い。豪邸ともいっていいだろう。さすがに言いすぎだが。
娘はもう寝たようだ。夜鳥の声が遠くで聞こえる。
「?」
椅子の背ごしに、こつこつ、と背中に当たるものがある。
なにやら固いな。
「なんだムシュか」
振り返ると、深緑の鱗に金色に光る両の眼が飛び込んできた。まだ生えきっていないちっぽけな翼。
我が家の飼い竜がそこにいた。たまにこうして部屋から出てくるのだ。
「がー」といななくそれは、私や、特に娘に大変懐いているらしくよく甘えてくる。あくまで外見から判断した個人的な印象だけどもな。
竜の表情は人間からは次元が違うので、なかなか読めないが……。
――上記で巣のことを調べたのはずいぶん前のことであるが、これを書いている現在、私の「飼い竜」の場合は、私が作った「仮の巣」で落ち着いている。住んでいる、といえば聞こえはいいが、要するにその巣とは私の屋敷の一室なのだ。今のドラゴンは赤ん坊くらいのサイズだが、一番広い部屋を改造したものにむりやり押し込めているような状態だ。我が住居ながら意外と快適な様子で、ドラゴンは、いうなれば「人間の巣」にもきちんと適応することができる、というのが私にとって驚くべき発見であった――。
……愛の巣……ではないけど、ただの巣の話です。