『ドラゴニック・出会い』
ーー私はドラゴンとの出会いを忘れることは決してないであろう。それは、私がまだ辺鄙な田舎町に住んでいたときのことである。話には聞いていたものの、私はドラゴンという存在をついぞ気にすることなく過ごしていた。その日も、私は野に山に駆け回っていたものだ。私はまだ年端もいかない少年だった。晴れやかな天気の中、草むらをかき分け、地面に伏せ、私は地を這う「アリ」の進む先を目と指で追っていた。と、ふいに私の視界が暗くなっていった。そして思わず上空を見上げたのであるが、……そこには太陽の光を軽く遮るほどの、実に大きな翼を広げた翼竜が飛んでいた。私にはその姿が優雅に見えたものである。遙か上空で、腕と一体化した特有な翼をはためかせているだけのはずが、かなりの齢であろうその巨体により遠近の差異は感じられず、かえって私は竜が己のすぐ眼前にいるような気さえしたのだ。私が次に我に返ったのは、すでに翼竜は彼方へと消え、日が赤く傾きはじめた頃であった。厳密には翼竜はドラゴンではなかったのかもしれないが、それが私の初めての遭遇であったことはまず間違いないーー。
そして……今、目の前に私にとって別の意味で最初のドラゴンがいる。
エイシェント。
以前に知人はそう語った。
おそらく「古代竜」のことだろう。
ちっぽけな私の古代竜はあんぐりと口を開けてなにかをねだっているようだ。
私は机上に運んできた食事をとりながら文を書き進めることにした。
料理は完全に冷めきっていて、娘に悪いがあまりおいしくはない。
デンプン質が冷えたためだろうな。
なんとなく、側に備えてある姿見を見る。
茶のコートに茶の帽子。
靴もまた似た体で、おまけに今筆を走らせる卓の羊皮紙ですらその風合い。
私の研究スタイルだ。
おおよそ学者とは思えないほど冴えない男がそこにいた。
……娘にバカにされるわけだ。
ーー出会いは、複雑なようで単純である。先の文で書いたとおり、私の懐には金がなかったのだ。……だから、出会えた。そのことについては、今から私にできる限りの簡潔な内容で書く。私は当初、なけなしの金を持って商店を廻った。目に付く店という店を渡り歩いたが、やはりドラゴンどころかトカゲのトですらそこにはなく、私は途方に暮れた。この地域で一番大きい都市ですら、この様である。私がヤケとついでに癇癪を起こして酒場へと向かうと、なにやら様子がおかしい。いつもは陰気なはずの通りに、人だかりができていたのだ。私は合間を縫うようにして、ベルの鳴る仕掛けの扉を潜ると、なんとそこに私の旧来の知人がいるのだ。彼は冒険の旅に出ていたはずであった。そして彼こそが酒場が盛り上がっている直接の原因だったのである。彼(便宜的に「トム」と称させてもらう)の隣には詩人……バードがいた。バードは私が知らないような楽器を用い、豊かな音楽を奏でていた。それにトムが詩を乗せるのである。その詩は始めこそおぼろげであったが、やがて波瀾万丈の冒険物語を紡いでいった。皆がそれに聞き惚れているのだ。その詩中にはあらぶる竜と遭遇したことさえ盛り込まれていた。演奏がひとまず終了したのを見計らって私が詳細を訪ねたが、なんとそれらの冒険活劇は実際の出来事であるとトムはいうのだ。……そして私は気づいた。トムが会話のさなか、腰のずた袋より見るからに堅そうな、大衆向けの図鑑にすら載っていない非常に珍妙な卵らしきものを取り出したのを。私は思わず譲ってくれと嘆願したのだ。これが私と私の「飼い竜」との出会いのあらましであるーー。
「なにこれ?」
「なにっておまえ……」
こんな文を娘に見られてしまった。
「『トム』って誰さ!」
娘……ニルがわなわなと震えているのが解った。
「そりゃあ……なんだ……その」
「冒険に出て! ドラゴンの卵持って帰ったのは私じゃんか! なに書いてんのさ!!」
「う……け、研究にも境界線というものがあってな!さすがにまだ若い私の娘が家出した拍子に勝手に冒険者になって、名を上げて戻ったついででドラゴンを入手したなんて家庭の複雑な事情、書くわけにはいかないだろうが!」
「お父さんの研究なんてどうせ誰も気にしないよっ!」
く……娘ながら痛いところを。
「だが私も伊達に上司に殴られ続けて頭カチカチになったわけではないぞ、ちゃんとニルの見せ場くらい作ってある」
「どういう意味だよ研究に見せ場って!」
「まあ見てろ!」
犬も食わないのは夫婦喧嘩だったはずだが、ドラゴンなら親子喧嘩くらいひと飲みで食らってしまうかもしれないな。
「くー!」
まだベビードラゴンであるムシュ。
この屋敷に住まう飼い竜が小さく吼えるのがたしかに聞こえた。
……出会いの季節です。
商業では何故かあまり見ないようなファンタジーおっさん主人公を目指します!




