『ドラゴニック・始まり』
――これから記述することになるであろう「ドラゴン」の生態ついてであるが、この竜はあくまで私の手で育てた人工飼育の古代竜であり、ごく自然な竜の生活とはかけ離れている可能性のあることをここに明記する――。
記
ファーヴナー=ルーズ
「……お父さん、なにやってんの! もうごはん冷めちゃうよ!!」
ふと背後から聞こえてきた黄色い声に、右手の利き腕に握られた羽ペンがひた、と止まる。
呼ばれたのは私こと、このファーヴナーである。
「もー! お父さん、研究になると他のことが耳に入らなくなるんだから」
声の主はニル=ルーズ。なにを隠そう私の愛すべき娘なのであるが、最近反抗期なのか私と少し距離を置いているのが最近の悩みだ。
「ムシュも『おなか空いてる』って言ってるよ」
言っているわけないだろう、と私は心の中で呟いた。なぜならば、それは娘のさらに後方で「くー」と唸っている当のドラゴンの名であるからだ。
ムシュ。
その名前は、私たち「ヒト」に十分発声可能なものとなっている。
――時は三年前に遡る。当時「学園」の教職を一時中断したばかりの私は、次の研究題材を探していた。だが、私はその時点で既に根本的な資金難に直面していたのであった。いわゆる個人的なテーマの研究であったのである程度は都合が効いたが、今度はその僅かな元手から探求可能な材料というのが私には思い至らないのである。一般的な魔術の資料にしても金貨何枚といった具合で大変よろしくない。生憎とたいして名の知られていないこちらに出資まで行ってくれる人などいようはずもなく、私は途方に暮れたものである。しばらくそんな調子であったが、ある日、私は気晴らしにその足で大衆演劇へと向かうことにした。たちまちに私は心を奪われ、そういえば自分が子供の頃は役者の演じる偉大な「勇者様」になりたかったものだ、と回想を巡らせた。やがて舞台は最高潮を迎える。囚われの姫を閉じこめた闇の城で、勇者の前に立ちはだかるのは、さもそれが自然な流れであるように漆黒の「竜」の姿であった。実際には舞台装置に役者が数名入っているだけでしかないのだが、大変素晴らしく、その迫力たるや、まるで山脈の頂がそのままに躍動しているかのようである。そこで私は自身がドラゴンの魅力に完全にとり憑かれてしまっていることを「発見」したのだ。ドラゴン入手の経緯については、また後で追記する――。
「……ちょっとお父さん!!」
「わかった。すぐ行くよ」
そう言うか言わないかのうちに。
私は後ろ襟をぐい、と掴まれ、わりと造りの頑丈なはずの椅子の前脚が宙に浮いた。
我が娘ながらいつのまにやら怪力女に育ったもんだ……。
「これも、なくさないようにしないとな」
先ほどまで執筆に使っていた机の上から、そっと細工された金属片を拾い上げ、革のコートのポケットにしまう。
紅い指輪。
私がドラゴンを飼うときの許可証……つまりは「免許」みたいなものだ。
……とりあえず勢いで始めちゃいました。
始まっちゃいました。
コメディ調と観察日誌が同時に平行して展開するハイファンタジーになっていく予定です。