表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

二十八日(6日目)



 もういい加減、朝のゴタゴタにも飽きてきたゲフンゲフン……慣れてきたため、いきなり調査中の場面からスタート!!


 この日はT田さんと再びペアを組むことになった。

 調査内容は、もう六日目なのに未だに構成が把握し切れていない群れを追いかけるというものだ。

 具体的に言うと、沢を何本もピストン(上り下りを繰り返す)のである。

 で。


「「…………」」


 いきなり見つけてしまいましたよ。

 T田さんが前回同様自分の体ほどもあるザックを背負って沢を登るのに何とか追いついた時である。


「結構いますね」

「だね。一度沢に下りてきて、また尾根に対して垂直に登っていった感じかな?」

「地図だと……ちょうど林道と平行って感じですね」

「わざわざこんな険しい道を……。林道使えばいいのに」

「全くですね。調査する人のことも考えて欲しいですね」


 これが二日目に橋を使ったサルに対して苛立ちを起こしていた人間の発想だとは誰も思うまい。

 だって沢登るの大変なんだもん。

 倒木も多いし。

 しかもその倒木の上を歩いて沢を渡ってるから正確な頭数は出ないし。


「もう少し登って、少し離れた所を歩いてるサルがいないか確認して、次の沢に行こうか」

「了解です」


 で、その後もいくつもの沢を登っていった。

 やはりサルの群れは尾根を昇り降りしながら林道と平行に移動しているようだ。


「頭数は二十後半から三十前半……足跡数的にH浦さんのお目当ての群れね」

「ん~……これでH浦さんにどやされなくて済む」

「そうだね」


 焚き火と焼きマシュマロを満喫した後(今回は成功した)、時間も時間であるため沢登りは諦めて林道を歩いている時のこと。


 ――…………!

 ――…………!


「……ん?」

「今なんか……」


 聞こえたような……。

 僕らは立ち止まって耳を済ませる。

 すると。


 ――コッフコッフ!

 ――ギャギャッ!


「……!」

「山大くん、双眼鏡!!」

「はいっ!!」


 今度は枯れ木が軋む音なんかじゃない!

 ザックから出した二つの双眼鏡のうち片方をT田さんに渡し、僕も声のする方を覗く。


「……見えた?」

「……声はするんですがね……」


 さっきから少し離れた所からギャギャアと声はしている。

 だけど尾根の向こう側にいるのか、はたまた木が邪魔で見えないだけなのか、双眼鏡では確認できない。


「……あっ!」

「え?」

「いたよ! 尾根伝いに少し降りたところ! 何か食べてる!」

「んん……?」


 T田さんは興奮して指差すが、僕には何も見えない。

 そこでT田さんの背後に回り、同じ方向を双眼鏡で覗いてみる。


「……おおっ」


 いた……!

 赤い尻しか見えないけど……!

 何か食ってる……!


「山大くん、初サル?」

「調査中のは初です」

「そっか。見れてよかったね!」

「はい!」


 声はしてるけど、目視できたのはこっちに尻を向けて食事している一頭だけ。

 それでもそうやく、調査中にニホンザルを目にすることができた。



 * * *



 拠点に帰った後、事件が起きた。


「ああっ!?」

「ど、どうした?」


 今日も所属不明の群れを追っていたらしいN務と調査報告を書いていた時のこと。

 何となく携帯電話を開いてみると、山中にいたため届かなかったのであろうメールが何通か未着信表示されていた。

 そのうちの一通が、今夜佐井の到着予定のT島からだった。

 ……のだが、文面が何度読み直しても、


『合宿でひいた風邪が悪化してそっちには行けなくなった』


 と、書いてあった。


「……あちゃあ、そのT島って奴、来れないのか」

「どうすんだよ……」


 あいつに押し付けようと思ってたカンジキとフン採取セット……。

 あ、いやそれはともかく。


「一応、H浦さんには報告してるみたいだからいいんだけど……」


 何かなー。

 G大は僕一人って、少し寂しいと言うか……。


「おう、山大」

「あ、H浦さん」


 ジャストタイミングでH浦さん帰還。


「T島から連絡来てたぞ」

「あ、僕にもです」

「ん、そうか」

「残念ですねー。あいつも青森出身なんで、色々と盛り上がると思ってたんですが」

「…………」

「……あれ?」

「T島は青森県民か?」

「あ、はい。津軽の出です」

「……電話で訛ってなかったが?」

「…………」


 あちゃー。

 普段僕と話す時は津軽弁全開なのになー。


 ちなみに、T島と僕の二人で話していて盛り上がってくると、だんだん標準語のメッキが剥がれていく。

 おかげで福岡と鹿児島出身のクマ研メンバーが聞き取り不能となることがある。

 南部弁ぼく津軽弁(Tしま)のオンステージである。


「でも青森の言葉って聞き取りにくいよな」

「そう? 関西弁の方が早くて聞き取りにくいけど」

「単語単語が違うやん」

「あー……」


 確かに言われてみればそうかも。

 爺さん婆さんの津軽弁とか、僕も半分も聞き取れないし。


「N務、『いんずい』もしくは『いずい』って通じる?」

「ん?」

「じゃあ『もちょこい』」

「んん?」

「『しゃっこい』」

「んんっ?」

「『あずましい』」

「んんっ!?」


 やっぱり通じないかー。

 まあこの程度なら北海道でも使われる方言なんだけどな。


「意味は何?」

「いや、今のって標準語に表しにくいんだよなー」

「強いて言うなら?」

「んー……。『くすぐったい』→『もちょこい』→『痒い』→『いんずい』→『痛い』って言えば通じやすいかも」

「より分からんなったわ……」

「同じように、『冷たい』の上が『しゃっこい』かな? 水道水は『冷たい』で氷水は『しゃっこい』」

「基準が分からん……!」

「『冷たい』を『ひやい』とも言うじゃない。お冷とか。福島辺りでは『ひやい』が『ひやっこい』になって、青森まで来て『しゃっこい』になったんだと思う」

「はー。じゃあ『あずましい』は?」

「『あずましい』は……うーん……。これはホントどうやって表現しようか……」

「例文は?」

「『T中さんはもっとあずましく酒を呑むべきだ』」

「……何か分かりやすい」


 落ち着いて、とかそんなニュアンス。

 他には『快適な』『心地よい』と言う意味もありますよ。

 どちらかと言うとこっちのほうがメインか?


「まあ何だかんだ言って、一番有名なのは『どさ?』『ゆさ』だけど」

「……んんっ!?」

「…………」


 こっちも通じないのか。


「正確には『どごさいぐのさ』『ゆっこさいぐどごだ』なんだけど」

「……えーと?」

「『どこに行くんですか?』『これから銭湯に行くところです』」

「ああ、なるほど……」

「青森の言葉って、とにかく省略したがるんだよ」

「何でや」

「うーん……。ほら、青森って冬が長いじゃない。十一月に始まって五月頭に終わる」

「長すぎや」

「で、反対に夏は短いわけ。その短い夏の間に一年分の作物を作らなきゃいけないから必死で働くわけさ。もちろん話してる暇なんてない。で、ようやくコミュニケーションがとれるようになるのは寒くて厳しい冬になってから。ゆったり口を開いて話してると口の中が凍るから、言葉が短くなったそうな」

「マジか」

「知らん。そんな説もあるって話」

「…………」


 まあ実際、この説が有名だけどね。

 真実かどうかは知らないけど。


 さて。

 後半は何か青森の方言講座となってしまったが、調査は残り一日。

 移動日を含めれば残り二日だが、長かった下北半島サル調査もあと僅かである。

 ラストの調査も怪我の無いように気をつけねば。

 風邪を引いたT島の分も頑張ろうじゃないか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ