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二十七日(5日目)



 さて。

 T中さんを覚えているだろうか。

 初日……正確には二日目、酔っ払ってボッコにされていた教授である。

 五日目、僕はこのT中さんと組むことになった。

 出発直前。


「山大」

「H浦さん、どうしました?」

「T中さんを頼むぞ」

「はい? ……はい」


 何となく分かった気がした。

 今まで触れてこなかったが、T中さんはずっとあの日の夜から「腰が痛い」と連呼していたのだ。

 酔っ払ったまま玄関に寝ていたそうだ。

 つまり、いざとなったら背負ってでも下山しろと言うことらしい。


「まあ今回お前らが行くところは舗装された林道だから大丈夫だろうけど」

「はあ」

「あ、テレメ持ってけ。その辺りのサルには首輪つけてるのがいるから電波拾って来い」

「了解っス」


 さて、車で送ってもらって調査開始。

 と思った途端。


「……うん?」

「どうしましたT中さん」

「……電波が入らないなあ……」


 アンテナを全方位に向けても何の反応もなかった。


「おっかしいな……。移動したのかな……」

「どうするんですか?」

「どうするってもなあ……。電波が拾えないんじゃ何もできないし……」

「…………」

「……よし、ラーメン食べに行くか」

「…………」


 H浦さん、ひょっとして「頼む」って、この人のサボりを抑えろってことだったんですか?

 さてどやって止めようか……。


「山大くん、奢るよ」

「行きます」


 寒い時には温かいラーメンだよね。


「……陥落されてるんじゃない」

「「…………っ!?」」


 Hうらさん が あらわれた。


「ど、どうしてここに……!?」

「いや、T田を送りに来たんだが……」

「やっほー」


 助手席から手を振るT田さん。


「T中さん、調査始まってすぐにサボろうとしない」

「ですがねH浦さん。何にも電波が入んないんですよ」

「んん?」


 顔を顰めて車に備え付けたアンテナの電源を入れる。


「んー? 本当だ反応なし」

「どこかに移動したんじゃないんですか?」

「山に入れば拾えるんじゃないですか?」

「……山大くん、今の俺には無理」


 あ、そっか。


「しょうがない……。二人とも、乗って」

「え?」

「別の調査地に送ってく。確かN務とO塚のペアが去年の正体不明の群れを追ってるから、その手伝いを頼む」

「了解しました」


 調査開始三十分。

 いきなりの調査地変更。



 * * *



「と、言うわけで着いたけど」

「はい」

「……やっぱりもうずいぶんと進んだみたいだね」

「ですねー……」


 足跡が二人分、ずんずんと山奥に向かって伸びていた。


「どうだろう山大くん。どうせなら二人が進んだ方向とは違う方に行ってみようか」

「いいですね。どうせなら手分けして探してみましょう」


 そんなわけで、途中の分かれ道の所で足跡がついていない方の道を選んだ。


「……でも、これは……」


 歩いて早々、足跡発見。

 もちろんサルのだ。

 ただし、一頭分だけ。


「離れオス、かな。たまに単独行動をするオスがいるんだよ」

「そうなんですか」

「うん。新しい群れを作ったり他の群れのメスにちょっかい出しに行ったり……」


 なーんてサルについての話を聞きながら山道を進むこと数時間。

 一応、林道だから歩きやすいんだけど……。


「「…………」」


 何もねえ。

 サルの足跡も、あの離れだけだし。


「……戻ろうか」

「ですね」


 時間的にも、そろそろ折り返せばちょうどいい感じだ。


「あ、でもその前に焚き火しよっか」

「いいですね! 実は昨日失敗しまして……」

「そうなの?」

「はい。ヒバを使ったんですけど、全然つかなくって」

「そういう時はスギを使えばいいんだよ。ちょっとスギの枯れ枝集めてきて」

「了解っス」


 言われた通りスギの枯れ木を集めてくる。

 それをT中さんが適当な大きさに折って組み上げる。


「で、ここで新聞紙に火をつけて……」


 ボッ。

 パチパチパチ……!


「おお……!」


 大量の煙と共に炎が上がる。

 煙は枯れ枝に含まれていた水分だからしょうがないとして。


「「は~~~~~……」」


 暖かい……。


「スギはねえ、油が多いからすぐに燃えるんだ」

「ヒバも油は多いって聞きましたけど」

「でもスギの方がつきやすいんだよね」


 まあその分、一気に燃えてすぐに無くなってしまうそうだけど。

 あれだけあった薪が二十分ほどで燃え尽きてしまった。


「じゃ、そろそろN務くんたちと合流しようか」


 焚き火後に雪をかけて完全に消火し、歩き出す。

 すると運の良いことに分かれ道で下山途中のN務とO塚さんと合流できた。


「何でここにいるん?」

「僕らが担当した地区で全く電波が入らなかったからこっちに来たんだ」

「そうなんや」

「そっちはどうだった?」

「形跡はあったけど見つからず。足跡の数的に、例の正体不明のZ2b乙群だと思うんやけど……。あ、そう言えば採食場の跡があった」

「へえ、そりゃすごい。一応こっちの道行ってみたけど、離れだけだった」

「そっかー」


 情報交換しつつ下山ルートを進む。

 と、国道に出たところでちょうど迎えの車が来てくれた。


「あー、ようやく帰れる」

「今日も調査お疲れさん」


 お互いの労をねぎらいつつ車に乗り込む。

 さて今日の夕飯は何かなと、サルが見られなければこの調査唯一と言ってもいい楽しみである夕飯メニューを想像していた時のこと。


「……あ」


 車急停止。


「「…………」」


 そして僕とN務の一年目コンビは絶句した。

 窓の外。

 道路沿いの木の上に、茶色い毛だまりが。


「「…………」」


 ニホンザルが五頭。


「「ありがたみがねえええええぇぇぇぇぇっ!!」」


 えー、マジィ?

 何でこんなところで見つかるかな!?

 初サルが調査帰りの車で見つかるって!!

 調査中に見たかったってーの!!



 * * *



 ここに来てふと気付いた。

 そう言えばこの日、調査帰りでまさかの初サルを見た以外、特に書くことないぞ……!?

 電波が入らなかった以外特に何事もなく調査は終了したし、T中さんのサボりはH浦さんによって阻止されたし……。

 何を書けと……?

 あー、うん。

 じゃあこの日の夕飯について。

 前日、何気なく冷蔵庫の中身を確認したら、とんでもない物が入ってました。


「……何これ。バラ肉?」


 真空パックに入った、赤黒い肉の塊。

 青のマジックで「バラ」と書いてあった。


「あ、それ鹿肉だね」

「鹿肉?」

「うん。H大からのお土産」


 夕食の準備をしていたOさんがそう教えてくれた。


「T中さんが明日それでビーフシチューを作るって言ってたから、楽しみにしててね」

「へー。じゃあビーフシチューならぬディアシチューっスね」

「……何か『親愛なるシチューへ』みたいな響き」


 では何か思いついたので、ディアシチューのレシピ書いときまーす。

 不肖この山大、T中さんを手伝いました。


 まず鹿肉を用意します。

 これは冷蔵庫の中で数日熟成させるととても美味しいです。


 鹿肉を適当な大きさに切り分け、塩コショウで下味をつけながら焼きます。

 鹿肉はそのまま煮込むと独特の臭みが出ますので。

 この臭みが好きと言う人はそのまま煮込んでください。

 ちなみに僕は焼かない方が好き。


 次に鍋に水を張り、焼いた鹿肉と野菜を入れて煮込みます。

 ニンジン、ジャガイモ、タマネギ等お好きな物をどうぞ。

 アクは小まめに取り除いてくださいね。


 この時、ビールや発泡酒を入れて煮込むと鹿肉が柔らかなります。


 野菜に火が通ったら市販のシチューのルウを入れます。

 もちろん手作りの物もいいですよ。

 手間ですけど。


 コトコトと一煮立ちさせれば完成!


 ……ま、鹿肉を使う意外は普通にビーフシチューですよ。

 ちなみに僕らは鹿肉を焼いた段階で我慢できずに数切れ摘みましたが。

 何でか知らないけど缶ビールが一ダース消えてました。

 何ででしょうね?


 そして皆の反応はと言うと。


『『『うまあああああぁぁぁぁぁっ!!』』』


 うーん、時間をかけて作った甲斐があるというものです。



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