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二十六日(4日目)


 一つ、先日二十五日目の内容のことで書き忘れていたことがあった。

 それは、皆で遅めのクリスマスケーキを食べている時のこと。


「こんばんはー」

「あれ? A先輩」


 風間浦の班に配属されたはずのA先輩が訪ねてきた。


「H浦さん、ちょっといいですか?」

「おう、どうした?」

「実は、風間浦に一人女子を貸してくれませんか?」

「は?」

「実は明日でうちの女性陣が一人を残してみんな帰っちゃうんですよ。そうなると野郎ばっかりで気の毒かと思いまして。大間にも寄ってみたんですけど、向こうも女子は足りないらしく断られまして」

「うむ、なるほど……」


 H浦さんはしばらく考え、不意にファージの方を見た。


「M崎、行け」

「了解です!」

「…………」


 躊躇せずに頷いたよこいつ。


「……佐井は不満なのか?」

「いやいやいや、そうじゃないって!」

「じゃあ何で即答よ」

「いやー、ウチってそもそも風間浦志望だったんだよねー」

「そうなのか?」

「そ。でもそこのバカが、申し込みの時にウチのとこに『風間浦志望』って書くの忘れてさ」

「…………」


 N務がそっぽを向きましたよ。

 お前か。


「おお、ありがたい! じゃあ明日の朝迎えに来るから準備しといてね」

「わっかりました!」

「それと、これ。お礼と言ってはなんですが、どうぞ」

「おー!!」


 そう言ってA先輩は一升瓶を取り出した。

 しかも青森の名酒であるところの田酒だよ!


 そして翌朝。

 つまりは二十六日目。


「じゃーね! 楽しかったよ!」

「つっても、今日は大間に集まって懇親会だからすぐ会えるけどな」

「あははっ! そーだね!」


 強烈なキャラクター・ファージさんは日本酒と引き換えに買収されていった。



 * * *



 時系列があっち行ったりこっち行ったりして申し訳ない限りだが、もう一つ言っておきたいことがあった。

 朝七時。

 朝食の時刻に目覚めた時のこと。


「…………」


 目覚めると目の前にカンジキが置いてあった。


「…………」


 ホワッツ?

 だがよく見ればカンジキにメモが張ってあった。


『クマ研の物品。使うかもしれんから置いてく。持って帰れ。 S木』


「…………」


 えー。

 持って帰れって、僕、調査終わったらそのまま実家なんですけど……。

 ん、待てよ?

 そう言えばT島がラスト三日で来るって行ってたな。

 しかも一度大学に戻るって言ってたし。


「……よし、押し付けよう」


 T島の意思は完全無視し、起き上がる。


「…………」


 ザックの上に見慣れない発泡スチロールの箱があった。

 しかも、またぞろメモが。


『サルフンとカモシカフンあったらよろしく♪ サルはS木、カモシカはうちの分だから! 袋に入れて冷凍しといてね。 U坂』


「…………」


 フンの採取セットだった。

 まあ、これもT島に押し付けるとして。


「そっか……あの二人、もう帰ったのか」


 見れば、二人が寝ていたスペースには何もない。

 付け加えるなら、今ここにG大の学生は僕しかいない。

 ちょっと寂しいな……。

 などとらしくもなく感慨に耽りつつ、朝食を空腹に収めた。



 * * *



 S木先輩、U坂先輩、ついでにファージと佐井を離れていった四日目。

 今日はT田さんとペアを組むことになった。


「よろしくねー、山大くん」

「よろしくお願いします」


 さてここで軽く、このT田さんについて触れておこう。

 R大の彼女はこの下北のサル調査の大ベテラン。

 何回も参加するうちに会計の職を任されるようになったそうな。


 で、この人、色々とすごい。

 何がすごいかって、言っては何だが、すごくちっちゃい。

 聞けば身長は百五十センチないそうだ。

 それでいて、自分と同じくらいの大きさのザックを背負って踏査するのだ。

 まさにパワフル。

 まるで漫画や小説から飛び出してきたかのようなギャップキャラだ。


 で、そんなT田さんと向かった場所はと言うと。


「…………(ズボッ、ズボッ)」

「…………(ズボッ、ズボッ)」

「……………………(ズボッ、ズボッ)」

「……………………(ズボッ、ズボッ)」


 T田さんが腰まで雪で埋まるようなところだった。

 しかも驚くなかれ。

 ここ、冬季封鎖中ではあるが、れっきとした国道である。


「…………」

「…………」


 先頭を交代しながら延々とラッセル。

 喋る気力も起きませんよ。


 この辛さ、文字では到底表現しきれん。

 雪国出身者なら分かってくれるんだろうな……。

 南国出身者は多分、分かんないんだろうな……。

 あ、ちなみに青森県民ぼく基準の南国とは、関東以南の地域である。


 しかも出発直前、H浦さんが、


「これはいないことの確認の調査である!」

「いないことの確認?」

「そう! 万一、この地域でサルの形跡が発見されると色々と面倒なことになる。具体的にはこれまでのサルの分布図が使えなくなる! だからT田、山大!」

「「はい」」

「変なもの見つけてくるなよ?」

「「…………」」


 身も蓋もないセリフで送り出してくれた。

 ちなみにH浦さんの話だと、去年の調査で南方に所属不明のサルの群れの形跡が発見されてエライ騒ぎになったのだという。

 いや、それはともかく。


「…………(ズボッ、ズボッ)」

「…………(ズボッ、ズボッ)」

「……………………(ズボッ、ズボッ)」

「……………………(ズボッ、ズボッ)」


 これ、サルの足跡探しなんて二の次だろ。

 何だこの積雪量。

 進むだけで体力が奪われてくぞ。

 いい加減、鬱になってくるわ。


「……休憩、しようか……」

「……ですね……」


 ラッセルを始めて三時間。

 ようやく本格的な休憩をとることになった。

 国道を外れた山中の作業道脇。

 T田さんと一緒に薪を集めた。


「山大くん、焚き火はしたことある?」

「あ、はい。昨日U坂先輩とS木先輩と一緒に」

「そうなんだ。いいよね、焚き火」

「いいですよね。それにマシュマロも食べました」

「えー、いいなー。私、昨日焚き火で失敗しちゃって食べれなかったんだ」

「そうなんですか?」

「うん。なんか私、焚き火って得意じゃないんだよね」

「あ、僕マシュマロ持ってきてます」

「おお、準備いいね! 絶対成功させるぞ……!」


 薪を重ね、ヒバの枯れ枝と枯葉を火種代わりに敷き詰める。

 そこにおにぎりを包んでいた新聞紙に火をつけて点火する。

 が。


「……あれ?」


 あっと言う間に新聞紙だけが燃えてしまいましたよ?


「ヒバが湿ってるんじゃないですか?」

「んー、そうかも……。私の新聞紙でもう一回やってみよ」


 レッツ、リトライ。


 ボッ。

 メラメラ……。

 パチパチ……。

 ……………………。


「…………」

「うぅ~……何でつかないの……?」


 涙を飲むT田さん。


「諦めましょう……」

「うぅ~、マシュマロ……」


 ちなみに、火種にするならスギの枯れ枝が最適らしいです。

 一気に燃えるよ。



 * * *



 さらに二時間後。

 僕らはなぜか沢にいました。


「「…………」」


 いや本当に何故!?

 さっきまで作業道歩いてたのに!!


「ゴメンねー。変な道歩かせちゃって」

「いえ、それはいいんですけど」


 諦めたし。


「でもサルって、吹雪いてる時はこういうところでじっとしてるから、見ておきたかったの」

「……いないことの確認じゃなかったんですか?」

「そうだけど、ほら……H浦さん、困らせてみたいじゃない」

「…………」


 この人、意外とブラックだぞ。

 まあ確かに、あんな雪道を延々ラッセルさせられたと考えれば、復讐心も湧くだろうけど。


「まあ冗談はともかく、さっさと沢降りて国道に出よう。この先は除雪してあるはずだから、そこで迎えに来てもらお」

「……了解です」


 まあ沢は積雪八十センチなところよりかなり歩きやすいし。

 岸を歩いてて凍ってないところに滑り落ちなきゃ問題ないし。


「あ」


 ズザッ。

 バシャッ。


「…………」


 防水の安全靴をはいているとは言え、十二月の沢は痛いほど冷たかった。

 そして無性に所属不明のサルの足跡を見つけたくなった。


「……ま、そう簡単にいくわけもないか」


 さらに一時間、沢伝いに歩き続けてようやく国道に出た。

 T田さんがH浦さんに連絡を入れ、下山したことを報告する。

 あと少しで迎えに来るという。


「大変だったねー」

「ですね……」

「でもここを歩ければ、佐井はほぼ大丈夫だよ!」

「ありがとうございます」


 ぶっちゃけた話、実際この日が最も辛い調査だった。

 雪はすごいし山道は険しいしサルは見れないし、散々だよ。



 * * *



 さて、朝、ファージを送り出す時の会話に懇親会の話が出ていたが、実はこの日の夜、大間に全調査参加者が集まって懇親会をすることになっていたのだ。

 基本、調査員は自分の班としか交流できない。

 それは少し寂しいと言うことで数年前から皆で集まることにしたそうだ。

 温泉に立ち寄り、汗を洗い流してから大間の拠点へと行く。


「おお……!」


 公民館の体育館では、すでに各班が持ち寄った料理と酒が立ち並んでいた。

 多分面子的に酒の方がメイン。

 ちなみに大間からは汁物、風間浦からは飯物、佐井からはおかずが配られた。


「じゃあ皆揃ったところで、全員自己紹介するぞっ! まずは風間浦、前出ろ!!」

『『『うおおおおっ』』』


 横一列に並ぶ風間浦の面々。


 ……そして脇に控える『大男』を意味する銘を持つ焼酎。


「…………」


 ここでもかよ!?


『『『ハイ! ハイ! ハイ!』』』

「……ふうっ。えー、G大クマ研、下北は四年目のAです。一晩限りの親睦会、盛り上がっていきましょう!」

『『『おおおおおっ!!』』』


 A先輩、いい呑みっぷりだなあ……。

 その後も次々とイッキと自己紹介が繰り返されていく。

 まあでも、イッキは(当たり前だが)強制ではないらしく、呑めない人は断っていった。

 特に一年生は基本スルーだった。


『『『ハイ! ハイ! ハイ!』』』

「……ぷはあっ! H大のM崎でーす! 好きなものは大腸菌とバクテリオファージでーす! 気軽にファージさんと呼んでくださーい!」


 あ、こいつは別。

 その後もすげえ呑んでた。

 ……未成年のはずだがな。


「……きゅう~」

「ふん、僕に挑もうなど十年早い」


 潰してやったが。

 酒豪県民舐めるな。


「……ギブっス」

「ふん、私に挑もうなど百年早い」


 H浦さんに潰されかけたが。

 今年で五十八歳。

 まだまだ肝臓はお若いようで。


 まあそんな感じで。

 酒と食事でわいわい騒ぎつつ、サル調査四日目の夜は更けていったのだった。


 ……余談。

 帰り際、玄関で潰れている風間浦の人を発見。


「何でサルなんか追いかけなきゃいけねんだよ~……!!」


 などと叫んでいた。

 酒を呑んでも呑まれるな、か……。



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