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二十三日(1日目)

 ピピピ……。


 ガチャッ。


「…………」


 スピー。


「いや、寝るなよ山大」

「んが?」

「お前、今日から下北行くんだろ? 何目覚まし切って二度寝しようとしてるんだ」

「ぬう……」


 平成二十三年度十二月二十三日。

 午前七時三十分。

 山大、起床。



 * * *



 下北にニホンザルの調査に行くことが決定したのは、まだ十一月の下旬だった。

 詳しいことは省くが、簡単に言うとこんなやり取りがあった。


「毎年、私たちツキノワグマ研究会では、ツキノワグマの食外被害対策の一環として市近郊の里山で踏査をしています」

「いやS藤さん。今更どうしました?」

「I原くん、話の腰を折らない」

「……すみません」

「ですがクマ研の活動はそれだけではありません」

「そう言えば山大は色んな調査に行ってるよな。メダカとかカラスとかコウモリとかノウサギとか」

「こき使われているとも言うけどね……」


 実際、調査に参加するたびに僕はとんでもない目に遭ってるし。


「今回もその一環です。下北の北限のニホンザルの調査です」

「へえ、下北」

「はい。詳しい日程はこちらです。十二月の二十三日から三十日までの一週間、下北半島に行ってサルを追いかけてきて下さい」

「…………」


 クリスマスもろ被りじゃん。


「強制じゃありませんし、途中参加も途中退場も歓迎だそうです。行ってみたい人はいませんか?」

「あの、俺は二十三から実家帰ります」

「おれも」

「右に同じく私もです」

「あ、そうなんですか」

「オレは行ってみたいですけど、部活の方の合宿があるのでラスト三日の途中参加なら」

「わかりました。T島くんは途中参加、と……」


 皆結構忙しいんだな……。

 僕は特に用事ないけど、たまにはゆっくりとしたクリスマスを過ごすのも悪くないな。


「山大はどうする?」

「どうしようかな」

「あ、山大くんは全日強制参加だそうです」


 …………。


「……はい?」

「研究室のS木先輩の伝言です。『サル追いかけるついでにカモシカのフンとか拾ってくるから手伝え』だそうです」

「…………」


 横暴だあああああぁぁぁぁぁっ!!



 * * *



 以上回想終了。

 寮の同室の先輩に起され、僕は必要最低限の道具を詰め込んだザックとエナメルを抱えて集合場所に歩いていった。

 が。


「…………」


 誰もいねえし。

 時計を見ると、集合時間五分前。


「……何で誰もいないの?」


 まさか盛大なドッキリ?

 寮で似たようなことは経験済みだから、無意識のうちに構える。

 その時。


 ブブブ……。


「あ、メール。……A先輩からだ」


『レポートがあと少しで終わるんで、それ終わってから出発しまーす。とりあえず研究室に来て待ってて』


 へえ、レポートがあるんだ。

 じゃあとりあえず研究室に……。


「ちょい待て」


 今現在の時刻は八時二十五分。

 このタイミングで「もう少しでレポート終わる」?


「……まさか徹夜じゃないだろうなあ」


 そしてA先輩が僕を下北まで車で送ってくれる手はずのはずだった。


「徹夜じゃないよー」

「あ、そうなんですか」


 研究室に赴き、A先輩が淹れてくれたコーヒーを頂く。

 そこには僕の他にS木先輩の車で、行くことになっていたT塚先輩も来ていた。


「確かに顔色は悪いわけじゃないようですが」

「うん。ちゃんと三時から五時まで仮眠はとったからね」

「「ぶふっ!?」」


 コーヒーが綺麗なアーチを描いた。


「三時から五時までって、三時間しか寝てないじゃないですか!」

「大丈夫だよ。慣れてるし」

「そういう問題じゃなくってですねえ」

「えー。でもこのレポート、二十六日までが締め切りだから、どうしても今日までに出さないといけないんだよねー。俺、全日参加だから」

「「…………」」


 そう言われちゃ、無下に責めることも出来ない。


「山大くん、助手席に座って話しかけ続けるんだよ?」

「了解っス……!」


 T塚先輩がマジで心配そうな顔をしていた。

 死にたくねえし。



 * * *



 ここで念のため、下北に行くメンバーを簡単に紹介しておこうと思う。


 まずはA先輩。

 この人は下北半島の風間浦でサル調査をすることになっている。

 そして途中まで僕を車で乗せて行ってくれる人だ。

 風間浦に着いたら僕はS木先輩の車に乗り換える手はずになっている。


 次にT塚先輩とH櫛先輩。

 この人たちは大間でサル調査。

 T塚先輩はS木先輩の車で大間まで行き、途中下車の予定。

 H櫛先輩は自分の車で三日目からの途中参加。


 S木先輩とU坂先輩。

 この二人が僕と一緒に佐井でサル調査に参加する人たちだ。

 強面のS先輩と異様なほど陽気なU坂先輩。

 この二人、足して二で割ればちょうどいいと思う。


 そして僕とT島の後輩コンビ。

 僕は全日フル参加だが、T島はラスト三日だけの参加。

 ちなみにT島も佐井。


 さて一日目。

 しかも移動途中。

 いきなりU坂先輩がやらかしてくれる。



 * * *



「ん……?」


 青森県に入るまでは特に何も起こらなかった。

 が、高速道路を下りてしばらくした後、U坂先輩が運転するS木先輩の車が不審な動きを見せる。


「あいつら、何でこんなところで曲がるんだろう……?」

「こっちじゃないんですか?」

「違うよ。このまま直進のはずだ」


 A先輩は不審そうに、U先輩たちの後を追う。

 近道でもあるのだろうかと周囲を見渡すが、どんどん人気がなくなっていく上に路面状況も悪くなっていく。

 こんなところに何の用があるのだろう?

 ……などと考えた矢先。


「「…………」」


 目の前に広がる雪原。

 その周りを柵で囲っているところを見るに、どうやら牧場らしい。

 そして道の脇には「ジャージー牛」やら「ジェラート」の文字の躍る旗が並ぶ。


「いやー、T塚ちゃんがる○ぶ読んでたら、ここの牧場のジェラートが美味しいって見つけてさ! そしたらS木がタイミングよくそこの旗を発見してね! こいつぁ行かなきゃダメっしょっ! ってことになったんだよ! あははっ!」

「「…………」」


 後のA先輩の独り言。


「あいつのあの奔放さがたまにイラッと来る」


 まあでも、ジェラートが本当に美味しくてすぐ機嫌は直ったけどね。



 * * *



 さらに道中。


「げ」

「…………」


 フロントガラスの外の風景が消える。

 真っ白にな……。


「「ホワイトアウトおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」


 やべえ。

 前を走るS木先輩の車のライトも見えん。

 視野五メートルもないよ?

 車なのに時速三十キロ以上出せないよ?


 A先輩とギャアギャア騒ぎつつ安全運転で一路下北へと。

 この時点で午後四時を回っていた。


 そして風間浦でA先輩とは別行動。

 僕はS木先輩の車に乗り換える。


 そんでさらに一時間後。

 大間でT塚先輩と別れる。

 この時、大間班の拠点となる公民館には学生が一人しかいなかった。


「どうしたんだろう? うちらが一番だなんて」

「だな。いつもならH大とかO大の奴らが来て飯の準備してるのに」


 車中で首を傾げるU坂先輩とS木先輩。


「天気が悪くてフェリーが出てないのかな……」


 そんなU坂先輩の心配は的中する。

 この日、海は大いに荒れ、中型以下のフェリーは出航を見合わせていたのだ。

 つまり……。


「「「誰もいねーーーーーーーーーーっ!!」」」


 佐井班の拠点であるところの元保育所には誰もいなかった。

 いや、正確にはストーブをつけて待ってくれていたご近所の方がいたのだけれど、まあノーカウント。


「どうします? もう六時過ぎですよ?」

「いつもなら他の大学生たちがご飯作って待っててくれてるのになー」

「いつ来るかもわかんねえから、俺らで飯作るわけにもいかないからな。やることねー」

「S木。トランプある?」

「ある」

「ポーカーですか大富豪ですかババ抜きですか七並べですかダウトですか神経衰弱ですか?」

「全部やろー」


 ……マジで全部やっても誰も来ませんでした。


「…………(ぐう)」

「…………(ぐう)」

「…………(ぐう)」


 空腹です。

 夜八時です。

 お昼に皆で食べたラーメンが最後の食事です。


「……佐井の夕飯のルールは『勝手に作って喰え』だったよな」

「お待ちなさいS木。それは二日目以降のルールだよ。一日目はH大が大間から運んできてくれるカレーだって決まってるじゃない」

「さっき大間に寄った時に受け取ってくればよかったんだっ!!」

「うちらだけで食べたら後で何言われるか分からないじゃない!」


 先輩二人が騒ぐ中、僕は空腹に耐えながらじっと外を見ていた。

 そして待ちに待った瞬間。


 ガラッ。


「「「…………っ!!」」」


 大急ぎで玄関に向かうと、後ろに学生を従え手に寸胴鍋を持つ男の姿が。


「「T中さん!!」」

「おー、U坂にS木ー。久しぶりー。ようやく到着したよ」


 寸胴鍋からは美味そうなカレーの匂いが漂っていた。



 * * *



 これが下北サル調査の一日目の出来事である。

 まあサル調査と言っても一日目は移動だけで、本格的な調査は二日目以降なんだけど。

 僕は明日の調査に備え、夕飯後、大人たちの晩酌に少しだけ付き合ってすぐに床に着いた。


 ……床と言っても、煎餅布団みたいなペラい布団に寝袋を追加したものだが。

 しかも寝室のストーブは壊れててつかないし。


 これについては事前に聞かされていたので、僕は寒さ対策を施してから寝袋に潜り込んだ。

 適量のアルコールも手伝い、僕はすぐにウトウトと眠りにつく。


 だが日付が変わって二時間後。

 僕は思いがけない理由で目を覚ますこととなる。



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