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最初の頃はまだこんな生活ではなかった。
家族として受け入れて貰えることはなかったが、今よりまだましだったように思う。
書類上の私は紛れもなく公爵家の人間。
むしろありとあらゆる教育を施された。
養子にしてやったのだから、公爵家の恥にはなるなと。
教育は多岐に渡った。
それは朝から夜までだったが、この時はまだ教育の一環として食事も三食食べられたし、身支度を整えてくれる使用人もいた。
それに運がよかった。
自分でも気づいていなかったが、どうやら私はなんでも器用にこなせるタイプだったらしい。
一度教われば大体のことをこなせるようになり、気づけばあっという間に教育が進んでいった。
けれど教育が進むにつれ、孤児のくせに生意気だとロバートとリリアンからは更に嫌われるようになった。
まぁそれも仕方ないとも思う。
ロバートは嫡男としてのプライドがあるし、リリアンはあまり勉強が好きではないから。
そんな生活が二年ほど続き十一歳を迎えると、王太子殿下との婚約が決まった。
事前に知らされることもなく、突然伝えられた婚約。
王太子殿下は令嬢からとても人気がある。
それに王太子殿下と結婚すれば、王太子妃となり、ゆくゆくは王妃、国母になれる。
だからこの婚約は、とても喜ばしいもの。
リリアンもずるいと言って、怒って泣いていたくらいだ。
けれど私にはそんな感情はなかった。
『ああ、この人と結婚するのか』
それだけ。
だってこれは政略結婚。そう学んだ。
だから嬉しくもなければ悲しくもない。
ただ粛々と、己に与えられた役割を果たすだけ。
婚約が決まると、王太子妃教育が始まった。
王太子妃教育自体は問題なく進んでいったが、私を取り巻く環境は少しずつ状況が変わっていった。
食事の用意されていない日が増えていったと思えば、いつの間にか使用人が私のそばからいなくなっていたり。
ある日城から戻れば部屋が変えられていたり。
そして最終的には、ただの穀潰しに施すものはないから家のために働くようにと。
おそらくこれらすべて、リリアンの差し金だろう。
よほどこの婚約が気に入らなかったようだ。
もちろん公爵も公爵夫人もこの事に気づいている。
けれど可愛い娘と、どこぞの馬の骨かもわからない娘。
どちらが大切かなど考えるまでもない。
どうせ私には行くあても、帰る場所もない。
だから私にできることは、目の前の現実を受け入れ、忠実に従うだけ。
ただ暴力を振るわれることはなかったので、それだけは幸いだった。
しかしそれでも疑問に思うことはある。
なぜ公爵は私を養子にしたのか。
ただ政略結婚の駒にしたいだけなのなら、わざわざそれが私である必要はない。
それに実の娘のリリアンだっている。むしろその方が、公爵家にとっていいはずだ。
けれど公爵は私を強く望んだという。
もしそうなら私には政略結婚の駒以外に、何か役割があるのだろうか。
これと言って見当はつかないが、ただ一つだけ気になることがある。
まだここに来たばかりの頃、屋敷の中で迷ってしまったことがあったのだが、その時たまたま公爵と公爵夫人が話しているのを聞いてしまったのだ。
「ねぇ、本当にあの娘は本物なの?」
「あぁ間違いない。たしかにこの目で見たんだ」
「でもあの娘……ずいぶんと本物の特徴と違うじゃない」
「……たしかに以前見た時と多少違うかもしれないが、きっと成長すれば変わってくるはずだ」
「まぁいいわ。しばらく様子を見ましょう。本物ならそれでよし。偽物ならその時に使い道を考えましょう」
「そうだな」
この時の私は、なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、急いでその場から立ち去ったのを覚えている。
『本物』と『偽物』
一体何を指しているのか。
それが分かれば、私がここに連れてこられた理由も分かるのだろうか。
でもそれを教えてくれる人などいない。
だけど私はこう思った。
私は私なのに、と。




