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身支度が終わると、玄関ホールに向かう。
そこで同じく学園に行く妹、リリアンを待つのだ。
ここでリリアンより来るのが遅いなどあってはならない。
だいたい三十分ほど待つと、リリアンが公爵と公爵夫人、それに兄のロバートを連れてやってくる。
「お父様お願い~」
「分かった分かった。それじゃあ次の休みにでも一緒に買いに行こうか」
「やったぁ!ありがとうお父様!」
「もう父上はリリアンに甘いんだから」
「だってリリアンはこんなにも可愛いんだもの。仕方ないわ」
なんて仲睦まじい家族だろう。
でもこれは私に対する警告だ。
お前は本当の家族ではない、それを努々忘れるなと。
そんなことは分かっている。
でもここで身じろぎでもしようものなら、文句や嫌味が飛んでくるだけ。
文句も嫌味も慣れたものだが、わざわざ愚かな真似はしない。
彼らに関わると体力も気力も削られる。
だから私はこのつまらないやり取りが終わるまで、じっと頭を下げ続けるのだ。
無事にいつもの流れが終り、次は馬車へと乗り込む。
「どうしてあんたと同じ馬車に乗らないといけないのかしら」
先に馬車に乗っていたリリアンの言葉だ。
「……申し訳ございません」
余計なことは言わない。
この家で生きていくには、そのことを忘れてはいけない。
「はぁ。お父様は私のお願いなら何でも聞いてくれるのに、どうしてこれだけはダメなのかしら」
体裁を気にしてか、学園への行き帰りの馬車だけは、リリアンと同じ馬車に乗ることが許されている。
確かに乗り心地はいい。
けれどそれ以上に、リリアンと顔を会わせるのが苦痛だ。
リリアンは馬車の中にいる間は、延々と嫌味を言ってくる。だから私はそれを聞かなくてはならない。
慣れてはいても、少しくらい静かにしてほしいと思ってしまう。
結局この日も、学園に着くまでひたすら嫌味を聞かされる羽目になった。
学園に着くと、まずは午前の授業を受ける。
けれどこの時点で私の身体は悲鳴を上げていた。
毎日の短い睡眠では疲れが取れないのに、朝の仕事のせいで疲れは増すばかり。
それに朝食は食べているが、正直あの量では足りない。
常に空腹で、さらには栄養が足りていないからか、頭がうまく回らない。
なんとか午前の授業を終えると、ようやく昼休みだ。
できることならどこか静かな場所で休みたい。
お腹が空いているので食事をとりたい。
けれどその望みが叶ったことは一度だってない。
「俺の婚約者ならちゃんと仕事をこなしてくれよ?さぁ行こうか、リリアン」
「うふふ、お姉さま頑張ってね?」
昼休みはこうしていつも仕事を押しつけられるのだ。
婚約者だからという理不尽な理由で。
しかし私には選択肢などなく、その理不尽を受け入れるしかない。
そして休む暇もなく午後の授業が始まる。
学園でのこんな生活ももう三年目。
昼食を食べないことには慣れたが、この睡魔だけはいつまで経っても慣れない。
目蓋が閉じないよう必死に手をつねり、なんとか午後の授業をやり過ごす。
しかしまだ私の一日は終わらない。
午後の授業が終わると、次は王太子妃教育を受けに城へと向かう。
最初は耳を疑った。なぜ私が王太子殿下の婚約者なのかと。
公爵は一体何を考えているのか。
私ではなくリリアンを婚約者にすればいいのに。
彼女は私と違って、家柄も血筋も何の問題もない。
それに王太子殿下とリリアンの仲は、皆が知っているのだから。
けれど婚約者は私。
おかげで私は学園中の嫌われものだ。
愛し合う二人を引き裂く悪女。それが私の学園での名前だ。
当然当事者である王太子殿下にも嫌われていてる。
だからきっと腹いせに、仕事を押しつけてくるのだ。
婚約者ならきちんと勤めをはたせと。
学園では生徒会の仕事を、城では王太子の仕事を。
けれど王太子の仕事には国の機密も含まれる。
だからいくら婚約者といえど仕事は引き受けられないと言ったら、生意気だと頬を打たれた。
結局それ以降は何を言っても無駄だと悟り、ただ仕事をこなしている。
城での仕事が終わり家に帰る頃には、すでに外は真っ暗だ。
裏口から屋敷の中に入り、厨房へ向かう。
公爵一家の夕食の時間はとっくに終わっている。
それに使用人たちの食事の時間も終わっていて、厨房には誰もいない。
翌日の食材に手をつけると怒られるので、他の
食べられそうなものを探し、自分の部屋へと戻る。
パンやスープがあるときは運がいい。時には残飯しかない時もあるから。
以前は残飯でも食べたが、腹に当たったことがあり、それ以降はやめた。
遅すぎる夕食を終えたあとも、まだ休むことはできない。
机の上には、朝とは別の書類の束が置いてある。
身体は休息を必要としているが、明日に回すのはただ自分の首を絞めるだけ。
だから身体に鞭を打って、なんとか仕事をこなす。
ようやくすべてが終わる頃には、もう真夜中だ。
こんな時間にお湯など沸かせるわけもなく、桶に水を入れ、布で髪と体を拭く。
そうして着古した寝間着に着替え、固いベッドに横になる。
疲れているおかげですぐに寝ることができる。
けれどそれもほんの数時間だけ。
その数時間後には、私の変わらない一日がまたすぐに始まるのだ。




