26 テオハルト
「あんな顔をさせてしまうなんて……」
その日の夜、私は後悔していた。
余計なことを言った自覚はある。
けれどあの時はまさか彼女の口から一族の名前が出るとは思っておらず、嬉しくてついしゃべりすぎてしまったのだ。
私は何をやっているのか。
座った椅子に背を預け、目を閉じた。
彼女は今何を思っているだろう。
あの時の彼女の反応から、おそらく自分がその令嬢だということには気づいていなかった。
けれど何か思うところがあったのか、彼女は泣きそうな、辛そうな、そんな顔をしていた。
早く彼女に真実を伝えたい気持ちに駆られたが、今はまだダメだ。
焦っては望む結果は得られない。そう自分に言い聞かせてきた。
けれどこれ以上、彼女に不遇な日々を送らせたくはなくて。
そんな焦りから、私は余計なことまで話してしまったのだ。
「はぁ……」
自分の情けなさにため息がこぼれる。
彼らのことを伝えたかった。
あなたの本当の家族は、いつもあなたのことを思っていたと。
でもあの時の彼女は、悲しみを必死にこらえているような表情だった。
「私はバカだ……」
彼女を安心させたかった。それが逆に彼女を悲しませる結果になってしまった。
でもこの結果は少し考えれば分かること。
手の届く距離に彼女がいる。その事実に冷静さを失ってしまっていた。
私は彼女が誰だかを知っている。
けれど彼女は、いまだに己が何者かを知らない。
自身に似た色を持つ一族の存在を知ったことで、自分に帝国人の血が流れているのではという可能性に気づいただけ。
それは決して『祝福の一族』、マリアント公爵家の人間だと気づいたわけではない。
そんな状態の彼女に、家族の話をすればどう思うか。
しかも互いを想い合っている家族の話なんて、今の彼女にとってこれ以上残酷なことはないだろう。
私はなんてことをしてしまったのか。
もどかしい。
早くあなたはみなに愛されているのだと伝えたい。
でもだからこそ焦ってはいけなかった。
彼女に要らぬ悲しみを与えることになってしまったのだから。
王家と公爵家が婚約破棄を企んでいることは知っている。
それに王太子と愚かな女が、さらに何かを企てていることも。
もう卒業パーティーまであまり日がない。
パーティーの日、やつらは動くだろう。
そして彼女に汚名を着せ、自由を奪うはず。
けれどそんなことはさせない。
私は必ずこの手で、彼女の手を掴んでみせる。
友達であり、初恋の相手。
そして婚約者になるはずだった、私の大切な女性。
「……落ち込んでいる場合ではないな」
私は身体を起こし、引き出しからペンと便箋を取り出す。
「これを急ぎ届けてくれ」
「かしこまりました」
侍従に手紙を託す。
これでこちらの用意は整った。
「……よし!」
己の頬に活をいれる。
明日も学園に行くのだ。
いつまでも失敗を引きずって、彼女に気を遣わせるわけにはいかない。
卒業パーティーが、最後で最大の機会になるだろう。
「必ず迎えに行く」
ずいぶんと遅くなってしまったが、あの日の約束を果たす時がきた。
遅いと怒られたっていい。嘘つきと罵られたっていい。
嫌われたくはないけど、嫌いだと言われたらそれも甘んじて受け入れよう。
だからどうか。どうか私の手をとってほしい。
そして帰ろう。君のいるべき場所へ。
私たちと共に。




