19 リリアン
時は少し遡り、テオハルトが公爵邸にやってくる直前のこと。
リリアンは王太子であるネストとのお茶会に向かうため、玄関ホールにいた。
「ふふっ、いい気味ね」
最近あの偽物が調子に乗っているから、きちんと自分の立場を分からせてやろうと思いお父様に泣きついた。
お父様は実の娘である私を、とても可愛がってくれている。
最初は私がいるのに、どうしてあんな薄汚い偽物を連れてきたのかと不安になった。
けれど結局あの偽物はただの政略のための駒だと理解した時は、胸がスカッとしたのを覚えている。
ただ分不相応な肩書きを名乗るあの偽物には、常にイラついていた。
どうしてこんなやつと同じ公爵令嬢と呼ばれなくてはいけないのかと。
ノスタルク公爵令嬢は私一人だ。
だから私との差を分からせるために、様々なことに手を回してきた。
食事に服に、部屋だってそう。相応しい仕事も与えた。
それでもあの偽物は泣きもしない。
泣いて許しを乞う姿が見たかったのに、とんだ期待はずれだった。
どうすれば……そこで思い出のついたのが、婚約者であるネスト様を奪うこと。
いや、奪うのではない。元の形に戻すだけ。
あの偽物がいなければ、私がネスト様の婚約者になっていたのだから。
ネスト様だって私を好いている。
それなら私が婚約者になり、そして王妃になるべきだ。
これこそが本物の公爵令嬢である私にふさわしい未来。
「さてと。ネスト様に会いに城へ行かなくちゃね」
ドレスもメイクも髪型も、すべてが完璧。
これならネスト様も喜んでくれる。
というより、これが当然なのだ。
それなのにあの偽物のせいで……
このイラつきはあいつを追い出さない限り消えることはない。
とりあえず城から戻ったら、あの女の惨めな姿でも見に行こう。
そうすれば少しはこのイラつきも収まるだろう。
馬車に乗るために外へ出る。
すると目の前には見慣れぬ馬車が一台。
お父様もお母様も客が来るとは言っていなかった。
一体誰だろう。そう思い馬車を眺めていると、その馬車から降りてきたのは、燃えるような赤い髪に煌めく黄金の瞳。
誰だかすぐに分かった。
(きゃっ!テオハルト様だわ!)
まさかこんなに近くでお会いできるなんて。
でもそもそもなぜここに?
そう考えてハッとした。
(もしかして私に会いに?)
リリアンは見た目だけはいい。
良く手入れされているのが分かる金色の髪に、愛らしく少し垂れた桃色の瞳。
性格も常に猫を被っているので、使用人や生徒からも可憐な美少女として評判だ。
(うふふっ。ネスト様とのお約束もあるのに、どうすればいいかしら~)
そんなことを考えながら、馬車へと駆け寄った。
これまで落とせなかった男はいない。
だからこの男も私のものに……
「テオハルト様!」
可愛らしく、彼の腕に触れようとした。
しかし……
「きゃっ!い、いったーい!」
なぜか避けられてしまい、転んでしまう。
しかもテオハルト様はそんな私を見下ろし、助けようともしない。
「テオハルト様、ひどいです!」
転んだせいで、お気に入りのドレスが汚れてしまった。
これからネスト様に会うのにどうしてくれるのか。
「……なんだお前は。急に近寄ってきたと思えば、身体に触れようとして……頭がおかしいとしか思えないんだが」
「なっ!?」
この男の方がおかしいのではないか。
こんなに可愛い私が、近づいて来たら喜んで手を差し出すのが当然なのに。
それなのに頭がおかしいなんて……
「あとお前に名前を呼ぶことを許可した覚えはない。実に不愉快だ」
「えっ……」
あり得ない。
どうしてテオハルト様はこんなひどいことを言うのか。
「そ、そんな!テオハ」
「二度目はないぞ。いいな?」
「ヒッ!」
鋭い睨みに身体が動かない。
そしてそんな私に一瞥もくれず、テオハルト様は屋敷へと向かっていく。
私は一人地面の上に惨めに残された。




