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09.捨てられた夫 ※ロイ視点

「おや、アバンドール君、奥方はご一緒ではないのかね?」


「妻は少し体調を壊しておりまして…。いえ、 、ご心配には及びませんよ、はは…」


「レディ・アイリスがいないと、いまひとつ会話に華が咲かないのう」


「……妻に伝えます」



パーティでひきつった作り笑いをしながら、ロイは内心で苦虫を噛み潰していた。


(くそう、これで何度目だよ。どいつもこいつも)


アイリスと出席するはずだったパーティにひとりで参加しているが、誰も彼もに妻の所在を問われて、うんざりしている。


だからと言って、離婚したなどと口が裂けても言えない。信用第一の社交界で、『貞淑で完璧な』妻に逃げられたと噂が立ったら、たちまち取引先を失ってしまうだろう。



(アイリスめ!パーティに出てはジジイどものご機嫌ばかり取ってたせいで、俺まで引き止められるじゃないか)


身勝手もいいところだ。家名を上げたいからと、アイリスに貴族たちの話相手をさせたのはロイなのだ。だが、いつの間にか自分よりも断然評価されるようになったアイリスのことが、ロイは目障りでしょうがないのだった。



「アバンドール君。君はどう思うかね?」


「えっ?な、何でしょう?」


「……ワシは木材の相場は下がると見込んどるんじゃが、君はどうだね?」


(木材の相場だって?そんなの知るかよ!)


昔はそれなりに優秀だったが、フローラと遊び暮らしてばかりだったロイは、政治や経済にとんと疎くなってしまっている。


「え、えっと、その…」


「君の優秀な奥方は、一時的に下がってじきに高騰するだろうと言っておった。君も同じ意見かね?」


これまでは、アイリスが上手に、そして決して出過ぎずに、ロイが返しやすいように話を振ってくれていた。しかしアイリスがいない今、ロイの頭には何もない。


「は、はあ、まあ、そうですね。はは…」


「もっと勉強せねばいかんよ、アバンドール君。奥方に置いていかれるぞ」


その後も、隣国との交渉がどうの、評判の画家がどうのと話を振られ、笑ってごまかすことしかできないロイだった。




それから2ヶ月。


「何だね、あれは。我々の問いかけに何一つ答えられんじゃないか」


「まったくですわ。奥方はあれほど芸術に造詣が深いのに、ご夫君は偉大な作曲家のこともご存じありませんのよ」


ロイ・アバンドールの評判は急速に落ちつつあった。優秀で控えめな奥方と違って、気の利いた会話ひとつできず、話にならないというのだ。



(ちくしょう、ちくしょう、アイリスめ!戻ってきたら酷い目に合わせてやる!)


この期に及んでロイはまだ、アイリスが“ちょっと家出”をしているだけだと思っている。この男は、妻が本気で自分を捨てるはずがない、と信じて疑わないのだった。


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