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06.あざとさの悪魔

「ロイもお義母様も、どうかアイリス様を責めないであげて」


目に涙を浮かべ、震える声で訴えるフローラ。本性を知らない者の目には、聖女のように映るだろう。


「でもフローラ、この女は君に危害を加えようとしたんだぞ?」


フローラは一瞬だけ悲しそうに目を伏せたが、すぐに優しく微笑む。この演技に周囲の人間は騙されるのだ。


「怖かったけど…いいの。あたしは大丈夫だもの」


「ああ、君って子は…なんて心優しいんだろう!」


「本当だよ!フローラちゃんが最初からうちの嫁だったらよかったのに」


こんな気位ばかり高い出来損ないじゃなくて、と、泥だらけでうずくまるアイリスを睨みつける義母。


「でもね、フローラちゃん、この女をこのままにしてはおけないよ。また何かするかもしれない」



この時にはもう、アイリスは潔白を訴えることを諦めていた。


この一族に何を言っても無駄だろう。反論すればするほど、自分に不利になるだけ。だから、黙って耐えていた…のだが。



「アイリス様は動揺しちゃったんだわ。だから…」


フローラが口を開き、アイリスは嫌な予感がした。そして、案の定。


「赤ちゃんが生まれるまで、アイリス様に私のお世話をしてもらったらいいと思うの」



………。


なぜこの娘は、こんな残酷な提案ができるのだろう。


地に這いつくばりながら、アイリスは恐怖を感じた。この娘の悪意には底がない。アイリスを傷つけるためなら、どんなことでもするに違いない。




「何を言ってるんだ、フローラ!」


ロイと義母も即座に反対したが、フローラは静かに首を振る。


「妊婦ってこんなに大変なんだって、わかってほしいの。嫉妬に狂っているアイリス様も、きっと優しい女性に変わるはずだわ」


「でも、だからって、また君に危害を加えるかもしれない。怪我どころじゃ済まないかもしれないんだぞ?!」


「ロイが護ってくれれば大丈夫だわ」


「でも……」


「護ってくれないの?あたしのこと、どうでもいいの?」


「そんなわけないだろう!命に変えても君を護るよ!」




……嫉妬に狂っている?優しい女性に『変わる』ですって?


アイリスの中で、恐怖が一挙に怒りに変わる。なぜ、ここまで貶められなければいけないのか。この者たちに、自分の何がわかるというのか。




「わかったよ。君のいうことには逆らえない」


「うふ。ロイ、大好き」


ロイとフローラの茶番劇に、決着がついた。そしてその結論は、アイリスの予想通りだった。


「よく聞け、アイリス」


フローラに向ける声とは真逆の、冷たくて乾いたロイの声。


「お前はフローラの世話をするんだ。子を身籠るというのがどれほど大変で尊いことか、身をもって知れ」


アイリスは答えない。聖女を護る騎士という役回りに酔う愚かな男のために、言葉を浪費したくない。


「何だ、その態度は!フローラはお前のためを思って言ってくれたんだぞ?本当なら監獄行きだ!」


馬鹿馬鹿しい。ロイが自分を監獄送りになどしないことを、今ではよくわかっている。この家には、貴族から来た妻が必要なのだ。 



「……承知いたしました」


「ふん、まだ反省が足りないようだね」


義母が鼻息を荒くして口を挟む。


「ロイ!この女をよく反省させな!」


「ああ、母さん」


表情にありったけの軽蔑を込めて、ロイが言い放つ。


「“どうかフローラ様のお世話をさせてください“、と土下座するまで、屋敷には入らせないからな。それができないなら、どこへなりとも出て行け!」


そう言い捨てると、大事そうにフローラを抱え上げ、母親を促して立ち去っていった。フローラ、身体は何ともないかい?早く医者に見せようね、と過剰に気遣いながら。


ロイに抱き上げられて去っていくときの、フローラの勝ち誇った笑みを、アイリスは生涯忘れないだろう。


『愛されているのは、あたしよ』

『アバンドール商会長夫人にふさわしいのは、このあたしなの』


フローラの目が、確かにそう語っていた。




(いいわ、出て行って差し上げる)


3人が視界から消え去った後、心の中でアイリスはつぶやいた。もともと、人知れず屋敷を離れるつもりでいたのだ。幼稚で悪意の塊のような娘の下僕にされるなど、真っ平ごめんだ。


ロイはまさか、アイリスが本当に出て行くなど夢にも思っていないだろう。


名流貴族の生まれだというだけで、何の力もない女。追い出さないでと縋りつき、惨めに土下座するしかない女だと、タカを括っているに違いない。



「ごめんなさい、おばあさま。きっと直しますから」


無惨に鎖を引きちぎられ、泥まみれになったペンダントを拾い上げると、ハンカチに包んでポケットにしまう。そしてゆっくりと立ち上がり、アイリスは静かに歩き始めたのだった。


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