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05.卑劣な罠

思い出の品を、なぜフローラが?アイリスは混乱した。布に包んで箱に入れ、自室の棚に鍵をかけて、大切に閉まっておいたのに。


「フローラさん」


考えるより先に口が動く。


「それは、私のものだわ。返していただけないかしら」


「え?何言ってるの?ロイからのプレゼントだって言ったでしょ」


フローラは悪びれる様子もないが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「いいえ、私のものよ。祖母からもらったものなの。ロイは何か勘違いしたのだと思うわ」


ロイに聞いてみてよ、と言われるだろうかと、アイリスは身構えた。アイリスがロイに強く出られないことを、フローラはよく知っているのだ。


もっとも、ロイに嫌われたくなくて言葉を飲み込んできたのは、過去の話。今はただ、できるだけ関わりたくないだけなのだとは、フローラは思ってもいないだろう。



けれどフローラの反応は、アイリスの予想を裏切るものだった。


「つまんないの。もっと取り乱すかと思ったのに」


ふん、と意地悪く鼻を鳴らして、つまらなそうに指でペンダントを弄ぶ。


「アイリス様ってほんとに鈍臭くてやぼったくって、このペンダントそのものね。こんなのを大事にしてるなんて、センス無さすぎて笑っちゃうわ!」



……これは、何なのだろう?私は何をされているのだろう?


歴史ある貴族の屋敷で大切に育てられたアイリスは、直接的な悪意を向けられることに慣れていない。だから、豹変したフローラの態度に、戸惑うことしかできなかった。


フローラにとっては、自分とは正反対の邪気のなさが、癇に障って仕方がないのだが。



「か、返して!私には大切なものなの。おばあさまの大切な…」


「必死になっちゃって馬鹿みたい。過去の思い出なんて、天に返してあげるのが一番よ」


懇願するアイリスを無視して首元からペンダントを引きちぎると、指先を回し始めた。


まさか、湖に投げ捨てるつもり……?!


「やっ、やめて…!」


アイリスは腕を伸ばしたが、虚しく空をきる。何とか取り返そうと、必死に前のめりになったとき、それは起こった。



「きゃあああ!」


フローラが、突然後ろ向きに倒れ、尻餅をついたのだ。


何が起こったかわからなかった。それもそうだろう、アイリスはフローラにもペンダントにも、触れてさえいないのだから。


「フローラさんっ?!」


驚いて助け起こそうとした時だった。木立の中から現れたロイが、血相を変えて駆け寄ってくる。


「フローラ?!大丈夫か?!」


そして……。


鬼の形相で振り返り、アイリスの頬を思い切り引っ叩いたのだった。



力任せに張り倒され、アイリスは勢いよく地面に転がる。


「ううっ…」


「何てことをしてくれたんだ!フローラは僕の子を身ごもっているんだぞ?!?!」


「ろ、ロイ……私、何も……」


「俺は見てたんだ。お前がフローラを突き飛ばすのを!!」


口の中が切れて血が流れ、思うように話せない。そこに、ロイの両親も駆けつけてきた。


「どうしたんだい!フローラちゃん、大丈夫なのかい?!」


「母さん…この女が突き飛ばしたんだよ!」


「わっ、私何もしてませ…」


「なんだって?!大切な初孫に何てことを!!」


ロイの母親は、地面に這いつくばったアイリスの襟元を掴むと、無理やり上半身を引っ張り起こす。


「自分がロイに見向きもされないからって、その恨みをフローラちゃんにぶつけるのかい?!この悪魔め!」


金切り声を上げると、アイリスの身体を地面に叩きつけ、何度も何度も背中目掛けて拳を振り下ろす。 


「ううっっ…お義母さま…おやめくだ…」


「お前なんかに義母と呼ばれたくない!貴族だからってお高く止まって、嫁としての役目など何も果たせないくせに!」


地面にうずくまるアイリスは、恐怖で身動きできない。これまでの人生で殴られたことなどないのだ。


やめて、いや、誰か助けて…言葉は声にならなくなり、悲痛な叫びを頭の中であげ始めたとき、止めに入る声がした。


「やめて、お義母さま!」



アイリスは、助かったとは思わなかった。その声が、フローラのものだったからだ。


フローラが、ただで自分を助けるはずがない。


これまでの5年間で、アイリスにはそのことが身に染みてわかっている。

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