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02.傷つけられた自尊心

「ちょっ、フローラ、待っててって言っただろう」


「だって、じっとしていられなかったんだもの」


ぷぅっ、と頬を膨らませるフローラ。ロイが彼女の子供っぽい仕草に弱いのを、よくわかっているのだ。


「もう…しょうがないな」


「うふっ。やっぱりロイって優しい」


当主夫人であるアイリスを無視して、ふたりは会話を進めていく。


貴族社会ならば絶対に許されない行為だし、アバンドール家は平民だが、無礼であることは間違いない。だが、ここでは、すべてにおいて血縁でも縁戚でもないフローラが優先されるのだ。


「…おはようございます、フローラさん」


仕方なく、アイリスの方から声をかけた。不愉快だが、今となっては我慢できないほどのものでもない。もうすぐこの屈辱から解放されると思えば。


「あら、アイリス様、お邪魔しちゃってごめんなさい」


悪いなんて思ってないくせに、と心の中でアイリスはため息をつく。


結婚して5年、誕生日も結婚記念日も、すべてフローラに邪魔されて来た。今も、ロイとアイリスの和解を邪魔するためにやってきたのだろう。そして、ロイとの親密さを見せつけるために。


「かまわないわ。もう出かけるところなの」


感情を出さずに淡々と言って、アイリスはその場を立ち去ろうとしたのだが、フローラがそれで済ませてはくれなかった。


「アイリス様、怒ってるの?あたし、謝ったのに…」


「怒ってなんかいないわ。ただ、もう出かける時間なのよ。失礼してよろしいかしら」


アイリスはため息をを堪えた。天真爛漫といえば聞こえはいいけれど、この娘の幼稚な言動に、今までどれほど振り回されて来たことか。


「アイリス様が冷たい…」


「おい、アイリス、そんな言い方はないだろう!フローラはただお前と仲良くしたいだけなんだ」


幼馴染の非礼を咎めるどころか、一方的に妻を責める夫。この仕打ちに、アイリスは何度も打ちのめされて来た。


「いいの、ロイ。引き止めたあたしが悪いんだから」


「やっぱり優しいな、フローラは」


ふふ、当たり前だわと笑って、フローラはさらりと付け加えた。


「だってあたし、穏やかな気持ちでいたいもの。あなたとあたしの赤ちゃんのために」


そう言いながらロイを見つめ、愛おしそうにお腹をさする。



……あか…あ…赤ちゃん?


フローラが、ロイの子供を……?!


「ちょっ、フローラ、今言わなくても!」


慌てふためくロイの様子が、事実であると証明していた。フローラは妊娠し、お腹の子の父親はロイなのだ。




ーどうして…どうして!


アイリスが何度懇願しても、『今はその時じゃない、仕事が落ち着いてからだ』とロイは応じてくれなかったのに。


アイリスの世界が、音を立てて崩れ落ちた。ロイへの愛はとうに冷めていたが、女としての矜持までズタズタにされ、立っているのがやっとだった。



その後、どうやって自室に戻ったのか覚えていない。確かなのは、ロイが彼女を追ってこなかったこと。


背を向ける寸前、視線がぶつかったときのロイは、卑怯者の顔をしていた。妻が自ら立ち去ってくれてさぞ安堵したに違いないと、その日アイリスはひとり部屋で、自嘲気味に泣き笑いを繰り返したのだった。


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