19.審判(本編完結)
(ここがルシフェル様の寝室ね。待っててね、あたしの王子さまぁ)
パーティにいた貴族の男をたぶらかし、王太子の滞在場所の情報を手に入れたフローラ。中庭を這って横切り、見つかりそうになったら衛兵を誘惑して、寝室の窓の下にたどり着いたのだった。
窓のサッシに手をかけると、運良く鍵は開いていた。恐る恐る中を覗き込むと、寝室の中に人影はない。難なく侵入を果たした。
ふふ、もう少しよぉ…。
蝋燭の灯りだけの薄暗い寝室の中で、フローラはひとり笑みを浮かべた。
ルシフェルが彼女を見つけたら、いったいどんな顔をするだろうか。その瞬間を想像して、フローラは待ち遠しくてたまらなくなった。初めは驚いても、すぐに彼女の美しさに釘付けになるに違いないのだ。
(早く帰って来て、ルシフェル様ぁ)
アイリスは貴婦人だけの夜会があるとかで、ルシフェルだけが先に戻ってくることはわかっている。また夫を寝取られたと知った時のあの女の絶望の顔を、早く見たくてたまらない。
フローラは寝台に上ると、美しい獲物の帰還を息を潜めて待つ。
どのくらい待っただろう。ドアの開く音がして、静かに足音が近づいて来た。やがて、ベッドの側まで来て足音は止まった。
(来たわ!)
気恥ずかしさを装いながら目線を上げると、ルシフェルは、黙って彼女を見下ろしていた。もっと驚きの表情を期待していたが、きっとあたしの美しさに息をすることさえ忘れてしまったのね、と、フローラは都合よく解釈する。
(なんて美しいのかしら、ルシフェル様。あたし、もうがまんできないわぁ……)
口は艶かしく半開きにし、悩ましげに上目遣いでルシフェルを見つめた。胸元を強調し、さりげなく脚もずらす。
男なら皆、もういてもたってもいられないだろう。ほら、もうすぐ息を切らしながら、こう尋ねるはず。
『美しいひと、君はいったい……?』
だが、フローラに浴びせられたのは、予想もしない冷ややかな声だった。
「無様な姿だな。アイリスに比べたら、路地裏のホコリほどの価値もない」
「………っ?!?!」
フローラは混乱した。この男は何を言っているのだろう?なぜこの男は、理性を失ってないの?あたしがあの、貧相なアイリスよりも劣る……?
「そ、そんなことより、ねえ、楽しいことしましょうよ。ほら、あたしに触れてもいいのよ」
ルシフェルの腕に手を伸ばす。だがかすかに触れることさえ許されず、冷ややかに薙ぎ払われてしまった。王太子の瞳には侮蔑の色があからさまに浮かんでいる。
「無礼者。許可なく王族の身体に触れるか」
「きゃああっ」
振り払われた勢いでバランスを崩し、ベッドから転がり落ちる。ドスン、と派手な音を立てて身を倒し、無様に床の上に転がった。
「ううっ、うう…どうして、あたしにこんなひどいことするのぉ」
フローラには、今起きていることが理解できなかった。彼女が微笑めば男は喜んだし、どんなに気難しそうな男でも、ちょっと色気を出してやれば簡単に落ちたのに。
「理由が必要なら与えてやろう。入ってくれ」
王太子が手を叩くと、再び入り口の扉が開き、何人もの男たちがなだれ込んで来た。国賓の私室に招かれるような身分の者ではないのは、恐る恐るといった態度からわかる。
(な、何なのこいつら……あっ!)
それは、この国にたどり着くまでに、フローラが騙して来た男たちだった。
「お前には、各国で被害届が出ている。観念するんだな」
「そっ、そんな、あたし知りません!こんな人たち会ったことも…」
フローラは後退りするが、ベッドに阻まれて行き詰まる。救いを求めてルシフェル王太子を見上げるが、王太子の反応はどこまでも冷淡だった。
「王族の私室に、簡単に潜り込めると思ったのか?おめでたい話だ」
「な、な…」
「覚えておくがいい。王族の寝室に入れるのはな、招かれた者か、おびき寄せられた者だけなのだよ」
「そ、そんな………」
フローラの夢は砕け散った。10分前までは、美しい王子の愛人になって、この世の春を謳歌するつもりでいたのに。あの高慢なアイリスが、屈辱に身を震わす姿を、また見られると思っていたのに。
アイリスの代わりに、屈辱に身を震わすことになったフローラに、男たちが迫る。
「お前に注ぎ込んだ財産、全て返してもらうぞ!」
「家宝の指輪はどこだ?返せないなら労働してもらうからな!」
「ひっ、ひいいいぃ……!」
その後、フローラは憲兵隊に引き渡され、勾留の身となった。近いうちに正当な裁きが下され、その身をもって罪を償うことになるだろう。
時を同じくして、アバンドール商会も解散し、かつて栄華を誇った屋敷も抵当に取られ、当主一族はひっそりと王都を去っていったという。使用人にも見捨てられ、哀れな最後だったと伝えられる。
ルシフェル王とアイリス王妃。
名君と賢妃として歴史に名を刻むふたりだが、生涯変わらぬ愛情で結ばれていたことでも知られる。
王はけして愛妾を持つことはなく、王妃は慎ましく王を支え、二人の治世の間にグロリア王国は栄光の時代を迎えた、と歴史書には記されている。
二人はいついかなる時も互いを想い、敬い、支え合って、幸せな生涯を送ったのだった。
読んでくださって本当にありがとうございました。本編はここで完結です。
この後、少しだけ番外編が続きますので、読んでいただけたら嬉しいです。。




