17.反省できない男の末路
鋭い剣先が、全てロイに向けられている。殺気を隠そうともしない男たちに取り囲まれながら、ロイは情けない声を絞り出した。
「おっ、おい、何のマネだよぉ。やめろよ…なぁ」
「心配ないわ、剣を引いてちょうだい」
静かに声でアイリスが告げると、男たちは一斉に剣を引いた。
(アイリスのやつ、こんな女だったか……?)
その姿は、ロイの知るアイリスではなかった。堂々として、威厳と自信に満ちた、まるで女王のようだ。
「僕の大切な婚約者に無礼を働こうとする者を、見逃していいのかい?」
どこから現れたのか、アイリスの隣に若い男が立っていて、ロイに冷ややかな視線を向けている。
「婚約者だぁ?何言ってやがる。こいつは俺の女だ!」
ついさっきまで震え上がっていたのに、喉元の剣が引いた途端に捲し立て始める。実に浅はかな男だ。
「なあ、あんた知ってるのかよ?この女、面倒見てやった俺を捨てていくような恩知らずなんだぜ。あんた、見る目がないんだな。ははっ……?!」
言葉を全て言い終えることはできなかった。月明かりが照らした若い男の顔に、確かに見覚えがあったからだ。王国民なら見間違うはずのない、光り輝く王太子ルシフェル……。
「な、なぜ、王太子が……」
「僕の顔を知っているのか。なら話は早い。彼女は僕の婚約者だよ」
「………っ」
ロイはその場に崩れ落ちた。王太子の婚約者が、まさかアイリスだったとは……。
まずい、これはまずい。王族ににらまれては、この王都で商売はおろか、生きていくことすら難しい。
「でっ、殿下!わ、わたくしは、殿下のために申し上げているのです。この女は…」
手のひらを返すロイ。
「殿下はご存じないのでしょう?この女には離婚歴があるのです。それも、勝手に離婚届を出すような薄情な女。この女は、王太子妃になれるような資格はございません!」
(へへっ、どうだ?えらくアイリスに参ってるようだが、このことを知ればきっと…)
無表情を貫いていたアイリスの顔は蒼白になり、唇を噛んでいる。勝った、とロイは思った。アイリスはきっと、王家から放逐されるだろう。そうすれば屋敷に連れ帰り、たっぷり調教してやる……。
だが予想に反し、王太子の反応は冷静だった。
「実に浅はかだな」
「……へ?」
「王族たるものが、そんなことも知らないと思っているとはな。全て承知の上だ」
冷ややかな笑みを浮かべ、王太子は言い放った。
「お前が彼女を蔑ろにし、他の女に入れ上げた挙句、その女の召使にしようとしたこと。そして」
「……っ」
「彼女が去った後、資金繰りに困って詐欺まがいの商売をしていたこともな」
「………!!!!」
ロイはもう、ひとことも、いや一声さえ絞り出すことができなかった。脂汗をかき奥歯は噛み合わず、ガタガタと震えている。
「行け、そして二度と我らの前に現れるな。次に相見まえたときには、その命もないものと思え」
「ひっ、ひい、ひいいいいぃ」
ロイは地に這いつくばったまま、みっともなくジタバタと路地の方へと逃げ去って行った。
「申し訳ございません、殿下。私の過去に巻き込んでしまって……」
アイリスの表情には苦悩が滲んでいる。
申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。この美しい王太子を、あんな低俗な人間と関わらせてしまったことに。
「言っただろ?僕は君に幸せでいて欲しいだけなんだ、僕とね」
「でも…」
「君がこうして隣にいてくれることが、未だに夢のようなんだから。お願いだ、あれくらいのことで、僕から去るなんて言わないで」
王太子にとって、アイリスは少年のころから焦がれた初恋のひとだ。
「父上母上も、貴族院だって、君こそが王太子妃に相応しいと認めただろう?君が去ってしまったら、みなさぞかしがっかりするだろうな」
求婚された時には、アイリスはとても無理な話だと思ったのだ。国王夫妻も貴族社会も、離婚歴のある女など認める筈がない、と。
けれど、そのどちらの反応も予想を裏切るものだった。
『レディ・アイリスならば間違いない』
『一度の離婚歴など問題にならぬ。それがあったとて、王太子妃として戴く価値のある方』
婚家に蔑ろにされながらも、手を抜くことなく真っ当に義務を果たしてきたアイリスの努力が、ここで報われたのだった。
「……はい、ええ、ルシフェル様」
その半年後、王太子夫妻の結婚式が盛大に行われた。
最高級の絹で織られたウエディングドレス、ダイヤモンドが散りばめられたベール、深海の青のような宝石をあしらったネックレス。王太子が愛しい新妻のために揃えたものは、どれも最上級品ばかりだった。
王太子の愛情がいかに深いかを物語っていて、その場に居合わせた者は皆、一様に感嘆のため息を漏らしたという。
控えめな新妻は始め、高価な品を拒んだが、長年の夢を叶えさせてほしいと王太子に懇願されて受け入れたという。王太子妃の慎ましさは、民にも好意的に受け入れられた。
その日、美しく理知的な王太子妃の誕生に、グロリア国王夫妻も民も、喜びに沸き返ったのだった。




