15.襲撃と結末と
(……?何かしら、誰かの気配……?)
まどろみの底に沈んでいた意識が、ゆっくりと引き戻される。まだ眠りたいわ、と思いながら、アイリスは重たい瞼を開けた。
「……っ!?」
ぼんやりと感じていた気配の正体が、この国の王太子だと思い出すのに、数秒かかった。思わず声を上げそうになり、無言で制止される。
「ごめん。ちょっと緊急事態でね。僕の言うことを聞いてくれれば安全なんだけど、いいかい?」
事情はわからなかったが、彼女の幼馴染は、こんなことで嘘をつくような人間ではない。アイリスは黙って頷くと、ルシフェルに言われたとおり寝台の影に身を潜める。
階下からは激しい物音が伝わってくる。すぐにドタバタと慌ただしい足音が廊下に響き、部屋の扉が激しく叩かれた。着いた時に部屋に案内してくれた下男の声だ。
「おっ、お客さん!開けてください!火事です、厨房から火が!」
「なんだって?!」
少しも慌てた顔などしていないくせに、ルシフェルは口調だけは焦りを装いながら、ドアに近づく。
「あ、開かない、鍵が壊れてる!たのむ、外から蹴破ってくれ、死にたくない…!」
廊下の男は一瞬ためらったようだが、離れろ、という声の後に、踏み込む足音が響く。男の体当たりで壁が揺れ…と思われたが、ドアは抵抗もなく開き、男の体は勢い余って前のめりになった。
「ああっ?!」
踏みとどまるかと思われた瞬間、首に強烈な打撃を叩き込まれ、無惨にも倒れ込む男。
「なっなんだぁっ?!」
扉の外ではナイフをかまえた大柄な男が3人、事態を飲み込めずに立ち尽くしている。
「驚いた。人の言葉を鵜呑みにするなんて、強盗団っていうのはずいぶん人がいいんだね」
痛烈な皮肉を言われたことに、そして正体が知られていることに男たちが気づいたのは、何秒も経った後だ。
「ふ、ふざけやがって!」
男たちは怒りを露わにし、血相を変えて部屋になだれ込もうとする。が、入り口で伸びた仲間の体が邪魔になって、思いのほかもたついてしまう。その隙をつかれてルシフェルに全員倒されるまで、数分も掛からなかった。
「まったく」
涼しい顔で、気絶した男たちに向かって呟くルシフェル。
「逃げろ、じゃなくてドアを開けろなんて、襲うから開けてくれと言ってるようなものだ。それに、煙の匂いもしないのに火事だって?君たちは、人の言葉を学んだほうがいいね」
(すごい……)
一部始終を、アイリスは寝台の影から見ていた。ルシフェルはナイフひとつ使わずに暴漢たちを制圧し、しかも息一つ乱れていないのだ。
「怖かっただろう?でもすまない、もう少し我慢して」
暴漢たちを縛り上げ、空き部屋に閉じ込めた後で、ルシフェルはアイリスに声をかけた。
「だ、大丈夫ですわ。で…いえ、ルシーが護ってくださいましたから」
正体を知られないために、とルシフェルに言われて、幼いころの愛称で呼んだのだが。
(アイリスが、僕のことをまた、ふたりだけの呼び名で呼んでくれた……!)
奇跡のような出来事に、ルシフェルは襲撃者たちに感謝しそうになったさ。が、アイリスの視線を感じて我に帰る。名残惜しいが、ここで止まっているわけにはいかない。
「まだ下の階には賊がいるはずだ。確かめてくるから、君はここにいて」
「そんな、危ないですわ!」
「大丈夫。様子を見てくるだけだよ」
主人一家の無事を確かめたい、とと言われては、アイリスも受け入れるしかない。
「わかったわ。無事に帰ってきて。お願いですからね」
(アイリスが僕に、お願いを……!)
またもや別世界に行きかけたルシフェルだが、後ろ髪引かれる思いでアイリスをその場に残し、階下へと向かう。
早く片付けてアイリスを安心させたい、その一心でルシフェルは、食堂に陣取る賊たちに向かって突入し、いとも簡単に制圧してしまったのだった。
「まったくあなたと来たら、何て無茶なことを。様子を見てくるだけだとおっしゃったのに!」
強盗団と手引きした下男を縛り上げ、主人一家を助け出したあと。ルシフェルを出迎えたアイリスが、涙声でそう訴えた。
「そんなに心配してくれたなんて嬉しいよ。無事に戻ったら結婚する、って約束してもらうべきだったかな」
怒られる覚悟をしたルシフェルだったが、アイリスの反応はなかった。
(本気で怒らせてしまったのだろうか?困った、どうしたらゆるしてくれるだろう)
「……しますわ」
少し怒ったように、アイリスは小さな声でつぶやいた。それは照れ隠しのためだったが。
「あ、アイリス。今、何と言った?僕は、その……?」
「あなたと……結婚します」
アイリスは気づいたのだ。彼女にとってルシフェルが、いつの間にかこんなにも大切な存在になっていたことに。
「……な、な、な?!」
ルシフェルは呆然とし、次に信じられないという表情になり、最後に感情を爆発させた。
「ああ、もちろんだとも!アイリス、アイリス!」
それからのルシフェルの行動は速かった。
国王夫妻に報告を済ませ(息子の長年の思いを知っていた夫妻は大喜びで歓迎した)、アイリスの実家にも挨拶をして、内々に婚約を整えてしまったのだった。




