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01.帰らぬ夫

広いダイニングルームで、アイリスはひとり夫の帰りを待っていた。料理はすっかり冷め、時計の針は随分前から夜を指し示しているが、何時間待っても夫が帰宅する気配はない。


今日はアイリスの誕生日だから、夕食を共にしたいと伝えたのに。早めに帰宅するよ、と告げたロイは、今年も妻の誕生日を祝う気はないようだった。


給仕係が幾度目かの温め直しを提案しに来たが、アイリスは断り、席を立つ。


ーわかったわ。もう、いい。


今ごろ夫は、金色の髪の魅力的な幼馴染と、甘い時間を過ごしているのだろう。結婚して5年、いつだってロイが優先して来たのは、彼の愛しいフローラだった。


今夜は、最後のチャンスだったのだ。ロイが誕生日を祝ってくれたら、何も起こらない。けれどそうでなかった時は…離婚しよう。


結婚して5年が経つ。明日には、証人なしに離婚できるのだ。


自室へと続く長い廊下を歩きながら、アイリスは心が急速に冷めていくのを感じていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


翌朝ダイニングルームに入ると、先にロイが朝食を摂っていた。


「……おはよう、アイリス」


よく寝ていたようだから起こさなかったよ、と目を合わさずに言う夫は、明らかに気まずそうだ。


挨拶だけを返し、アイリスは静かに席に着く。無言のまま朝食を摂り、席を立とうとした時、ロイが口を開いた。


「…アイリス、怒っているんだろう?すまなかったよ。急に取引先から呼ばれてね、どうしても断れなかった」


女物の香水の匂いを漂わせておいて、仕事だったなんて見え透いているにもほどがある。アイリスはうんざりし、反論する気にもならなかった。


無言の彼女を見て、拗ねていると勘違いしたロイは、笑みを浮かべながら近寄って来た。浮気の後はいつもそうだ。優しい笑顔でアイリスを抱き寄せ、甘い口調で愛をささやく。


それで彼女は、変わらないとわかっているのに、私はこの人がいないとダメだと許してしまうのだ…これまでは。


「愛してるよ、アイリス。僕の妻は、世界でただひとり君だけだ…」


ロイの手が腰に回されようとした瞬間、身体中に走ったのは嫌悪感だった。かつてあれだけ恋焦がれた相手なのに。


(触らないで!)


払い除けたくてたまらないが、ぐっとこらえた。明日には、この息の詰まる暮らしから解放されるのだ。変に波風を立てて、動きにくくなるのは困る。


アイリスが本能的に身を固くした瞬間、ダイニングルームの外からざわめきが聞こえた。ロイは伸ばしていた手を反射的に引っ込める。


数秒後、無遠慮に部屋のドアが開かれ、人影が飛び込んできた。


「ロイ!ロイったら、まだ朝ごはん食べてるの?」


ふわふわの柔らかそうな金髪、透けるような白い肌に愛くるしい碧眼、バラ色の頬。誰もが愛さずにはいられないような美少女…フローラだった。


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