静かな夜明け
夜が明け始めていた。
神殿の丘に、再び柔らかな光が射し込む。
海の向こうから、薄桃色の朝焼けが空を染めていく。
遠くには、昨夜のクギアンピックの余韻がまだ残るように、かすかに光が揺れていた。
カイは、神殿の石段に腰を下ろしていた。あの誓いの後、誰も言葉を交わさなかった。
ただ、それぞれの胸の内に、確かなものが宿ったのを感じていた。
「……結局さ」
背後から聞こえた声に振り返ると、ナギが立っていた。
「何一つ変わっちゃいねえんだよな。俺たちは相変わらず、禁じられた国のガキだし、
クーギアは使えないし、世界から見たら空気みたいな存在でさ」
カイは静かに頷く。
「うん。でも……それでも、俺たちは“始めた”よ」
「はっ、まあな。……それが、きっと一番すごいことなんだろうな」
ナギが空を見上げて笑う。
やがて、ユウナとロウも丘に上がってきた。
「おはよう、カイ。……まだ、眠れてなかった?」
「ううん、ずっと起きてた。……見てたんだ、この景色」
「朝って、こんなに綺麗だったんだね」
ユウナの目が、太陽に向かって細められる。
「でも……遠いね、世界って」
その言葉に、ロウが応える。
「だからこそ、記録する意味がある。
ここが、僕たちの起点。誰に知られなくても、忘れられても。……きっと未来に届くように」
カイが立ち上がる。
まだ眠りにつく町。だが、自分たちだけは目を覚ましていた。
「行こう。訓練だって、資料集めだって、何だってやる」
「オレ、簡単な構造からクーギアの試作を作ってみようと思うんだ。名前は……“ゼロ”。最初の一歩って意味でさ」
「四年、短くねえぞ。やれること、全部やるぞ」
「うん。まずは、学校の講義資料をコピーしよう。バレム重工の外骨格設計論、隠れて読んだことある」
「えっ……ずるいな……」
笑い声が重なった。
「ねえ、もし本当に出られたら、誰と戦ってみたい?」
「セリカのリュカだな。筋肉で殴り合ってみてえ」
ナギが即答する。
「私はノクスの子……仮面のあの子。怖いけど、なんだか惹かれる」
ユウナがぽつりと言う。
「僕は……まだ誰とも戦いたくない。でも、立ちたいとは思う」
ロウの目が、遠くを見ていた。
そうして、四人はゆっくりと坂を下り始めた。
誰もがまだ、あの舞台に立つ資格など持っていない。
でも――
心には、確かに「光」が宿っていた。
小さな島国の、誰にも知られていない丘の上で。
世界を変える“始まり”が、静かに胎動を始めた。