約束の夜
老神官が部屋を去った後も、カイたちは誰も言葉を発さず、その場に残っていた。
蝋燭の明かりが、静かに揺れている。
石床の冷たさが、足裏からじんわりと心まで伝わってきた。
「……なあ」
沈黙を破ったのはナギだった。
「俺、悔しいよ。セリカのやつらが、あんなふうに戦ってんのに、俺たちは見てるだけでさ」
誰も反論しなかった。
「だけど……もし、アマツに生まれてなかったらって、ちょっとだけ思った」
その言葉に、ユウナが目を伏せた。
「わたしも。……あんなふうに動けたら、誰かを守れる気がした」
ロウは静かに、手のひらを開いて見つめている。
「でも、もしあれを使えば、人間でいられなくなるかもしれない。それでも……?」
誰もすぐに答えなかった。
けれど、カイの中にあるものが、少しずつ輪郭を持ち始めていた。
(僕は、あの戦いに憧れた。
でも、それ以上に……あそこに立ちたいと思った)
「……出よう」
「四年後って……それまで、何が必要なんだろう」
「知識、鍛錬、それに……覚悟」
ロウが言った。
「じゃあ、まずは鍛錬だな。オレ、毎朝走るって決めた」
ナギが拳を握る。
「うん、私も手伝う。四人でやろうよ」
ユウナが笑った。
カイが言った。
「四年後、俺たちで出よう。クギアンピックに」
空気が止まる。
まるで、時間が一瞬だけ凍ったような静寂。
「……言ったな、お前」
ナギが、薄く笑った。
「言ったな、カイ。じゃあ……やるしかねえよな、俺らも」
その言葉に、ユウナが目を見開いたまま、ゆっくりと笑う。
「……うん。やってみたい。きっと無理って言われるかもしれないけど、それでも、やってみたい」
ロウは少しだけ目を細め、口元をわずかに緩めた。
「じゃあ……記録係は俺で決まりだな。四年間、全部残す。変わっていく過程も、迷いも、全部」
カイは、三人を見渡した。
暖かくて、頼もしくて、それでも不安を抱えた目。
それでも――手を伸ばした。
「誓おう。いつか、この国から世界へ。
俺たちで“壁”を超えるって」
ナギがその手を重ねる。
「“技術”も、“呪い”も、全部超えてやる」
ユウナの手が重なる。
「怖くても、きっと見たいから」
ロウの手が、最後に乗った。
「ならば、記しておく。今が、僕たちの“始まり”だって」
四つの手が、交差する。
夜の神殿で交わされた小さな誓いは、静かに未来を震わせていた。