語られぬ過去
夜が訪れ、神殿の丘には静寂が戻っていた。
灯りの少ない町の中で、ここだけは闇が深く、時間が止まったようだった。
カイたちは、神殿の奥にある小さな集会の間にいた。
古い木の扉が、音を立てて開く。
中から現れたのは、白髪を後ろで束ねた老人――老神官・ハコウだった。
「……来たか。クギアンピックを見たな?」
誰も返事はしなかった。ただ、老神官の前に並んで座った。
「では、語ってやろう。なぜ我らアマツが、“躯機”を禁じているのかをな」
ロウが静かに口を開く。
「お願いします。……僕たちは、それを知らずに夢を見てしまったんです」
老人はうなずき、ゆっくりと壁の一角に歩いていく。
そこには、苔むした石板と、褪せた壁画があった。
その壁画には、奇妙な紋様を背負った人物と、螺旋を描く装置のようなものが描かれていた。
「これは“律の装置”だ。古代アマツの民は、外骨ではなく“音と意志”で肉体を律した」
「かつて律を極めし者は、その波形が星と同調するものだったと伝わっておる。星の律――“星律因”とも呼ばれたが、今ではその意味を知る者も少ない」
老神官の目が静かに光る。
「つまり……精神を、構造として設計した?」
ロウが息を呑む。
「そうだ。かつて、我々の祖先は“意志”を増幅することで、肉体を超えようとした。だが代償は……」
「……魂を削ること、ですか?」
カイの問いに、老神官はうなずいた。
剥がれかけたその絵には、明らかに“人間ではない”何かが描かれていた。
「これは、三百年前の記録だ。
我らがアマツの祖たちは、かつて“躯機”に手を染めていた。いや、むしろ、その始源にいたと言ってもいい」
「……え?」
ユウナが思わず声を漏らす。
老神官は淡々と続ける。
「当時のアマツは、今より遥かに進んだ技術を持っていた。だが、その技術は、己を壊す力にもなったのだ。
人は自分の限界を越えようとし、身体を削り、精神を焼き、やがて“人であること”を手放した」
ロウが問う。
「それで……滅んだんですか?」
「いや、我らは気づいた。技術の果てにあるのは、破滅だと。だから、“禁じた”。
技術ではなく、祈りと律動を残し、人としての在り方を選んだ。それが、この国の“選択”だ」
ナギが唇を噛む。
「じゃあ、今のあいつらは……“間違ってる”ってことですか?」
老神官は静かに首を横に振る。
「それは我が口から言うことではない。
ただ……お前たちがあれを“羨ましい”と思ったのなら、それもまた自然な心だ」
沈黙が流れる。
「知れ。誇れ。そして……迷え。お前たちは、アマツの子だ」
その言葉が、胸に深く刻まれた。
カイは、壁画の中に描かれた“異形の姿”から目を逸らさなかった。
その姿は、今のどの国の技術とも異なる“何か”を宿していた。
人に似て非なる骨格、空に浮かぶ紋様、そして背中から広がる環のような構造体。
カイはそれを見つめながら、心のどこかで“懐かしさ”にも似た感覚を覚えていた。
(……どうしてだろう。初めて見るはずなのに……)
(それでも……俺は、見たい。あの向こうを)