開会式 ― セリカの衝撃
パブリックビューエリアには、すでに何百人という人々が集まっていた。
巨大な湾曲型スクリーンが中央広場の建物に沿って設置され、目の前には簡易の観覧席が並ぶ。
「おいおい、すげぇ人だな……!」
ナギが目を見張った。
「この町でこんなに人が集まるの、年に一度の祭りと今日くらいだよね」
ユウナが言うと、ロウが無言で空いている段差に腰を下ろした。
「ここが一番見やすい。あと五分で点火セレモニー開始だ」
カイも皆に続いて座るが、心はどこか浮いていた。
観戦できることの喜びと、胸の奥に渦巻く焦燥がせめぎ合っている。
やがて、カウントダウンが始まった。
「なあ、どの国が優勝すると思う?」
ナギが唐突に言った。
「セリカ……かな。でも、私はノクスが気になる」
ユウナが静かに答えた。
「僕はザイアの動きに注目してる。感覚制御の最前線だ」
ロウが補足する。
「……俺たちは、ただ見てるだけなんだな」
カイは拳を握りしめた。
──10、9、8……3、2、1……!
ドンッという重低音とともに、巨大スクリーンが光を放ち、開会式の映像が映し出された。
そこには、世界中の代表選手たちが行進する様子があった。だが、空気が変わったのは、次の瞬間だった。
《セリカ帝国代表選手、登場》
「っ、出た……!」
ナギが立ち上がる。スクリーンに映ったのは、圧倒的な存在感を放つひとりの青年。
リュカ・ゼルファルド。
身長二メートルを超える体躯に、隆起する筋肉。だが、それは単なる鍛錬の結果ではなかった。
「神筋工法」と呼ばれる、セリカ帝国独自の生体筋肉拡張技術によって、彼の肉体は“強化された彫刻”のように美しく、かつ異質だった。
「これが……セリカの“神筋”……!」
ユウナが目を見開く。
リュカは試合場へと進み、相手国の選手と向かい合う。実況が名前を呼び上げたその瞬間――
動いた。
音が遅れて聞こえるほどの加速。まるで空間ごと押し潰すような踏み込み。
その拳が相手の腹部を貫いたとき、観客席全体が沈黙に包まれた。
観客のひとりが息を飲み、別の誰かが椅子から立ち上がった。
リュカの背中から立ち上る蒸気が、照明に照らされて銀色に光る。
「……あれが、“神筋”の力……?」
ユウナの声がかすれた。
「あんな一撃、普通じゃ無理だ。骨まで砕けてるぞ……」
ナギの顔が引きつっていた。
ロウは無言でペンを走らせていた。
「加速度が常識外。初動から最大出力に至るまで、たぶん0.2秒もない……」
「それって、もう……人間なの?」
ユウナの問いに、誰も答えられなかった。
──数秒後、ようやく悲鳴と歓声が入り混じった波が押し寄せる。
「速すぎる……全然、目で追えなかった……」
ロウが呟く。
画面にはスロー再生でその一撃が映し出されていた。
踏み込み、捻り、打ち抜き、瞬時の制動。そのすべてが計算され、精密に制御されていた。
「……舞だ。戦いじゃない。神の舞みたいだ……」
ユウナの声は、どこか震えていた。
カイも、ただ見つめていた。
拳一つで、相手を沈める。力ではない。意志でもない。
それは、科学によって作られた“人間以上の動き”。
(これが……世界か)
あの拳に、ただの力以上の“意図”を感じた。まるで誰かに試されているような感覚――それは、初めてではなかった気がする。
その瞬間、彼の中の何かが決定的に変わった。