科学と肉体を賭けた競技
どこを見渡しても、鮮やかだった。
赤、青、黄――各国の旗が風にたなびき、通りの屋台では子どもたちがキャラメルを頬張りながら笑っていた。
けれど、カイの目は、たったひとつの“欠落”を捉えていた。
七色に彩られた祭りの街。その中に、アマツの旗だけがなかった。
「どの飾りにも……俺たちの国の旗だけがないんだ」
ユウナが立ち止まり、視線を上げた。
「やっぱり……なんか、悲しいよね」
「でもさ、そんなのどうだっていいだろ」
ナギが肩をすくめる。
「俺たちは俺たちのやり方で――戦うだけだ」
空元気な声が風に流れる。
彼らが向かっていたのは、街の中心に設置された巨大な湾曲スクリーン。
今日、そこでは“世界”が始まる。
科学と肉体を賭けた競技――クギアンピックが。
まだ誰も知らなかった。
この小さな島国の外れから、世界を揺るがす運命が始まろうとしていることを。
朝の霧がゆるやかに晴れ、山あいの小道に木漏れ日が降り注ぐ。
カイたちは神殿の丘を後にし、町の中心――クギアンピック中継が映される巨大スクリーン前へ向かっていた。
「ユウナ、走んなって! 滑るぞ、その坂!」
ナギの声が響く。ユウナは振り返り、いたずらっぽく笑った。
「だって、早く見たいんだもん! 開会式、もうすぐ始まっちゃうよ!」
「心配しなくても、まだ間に合う。ロウ、中継の開始時間、確認してたよな?」
「ああ。第一区画の点火演出が始まるまで、あと二十分はある。座れる場所があればいいがな」
ロウは淡々と答えながらも、歩みを緩めることはない。背負った布袋の中には折りたたみ式の望遠レンズ。彼はこの大会の記録を、個人的に残すつもりだった。
やがて開けた通りに出る。アマツの町は、今日だけは特別な装いだった。
家々の軒先に色とりどりの紙飾り。店先の露店には、各国の旗を模した菓子や玩具が並ぶ。
だが、祭りの熱気の中で、カイの表情だけが曇っていた。
ロウが答えるより早く、ナギが割って入った。
「いいんだよ、別に。俺たちには“誇り”がある。躯機なんてものに頼らず、己の力で戦う。それがアマツのやり方なんだろ?」
ど
こか空元気なような声だった。
「でも、結局それって、何も得られないってことじゃないの?」
ユウナの言葉に、空気が一瞬だけ冷えた。
「クギアンピックにアマツの選手が出ること、ないもんね。もう何十年も」
その静かな事実が、カイの心を突いた。
歩みを止め、振り返ると、遠く丘の上にある神殿がまだ見えた。
古びた柱、崩れかけた階段。そこはまるで、時代から取り残されたような場所だった。
(本当に、俺たちは世界の“外”なのか?)
その問いに答えはなく、ただ遠くから競技場を彩る祝砲が聞こえてきた。
四人の四人の視線が、同時に空へと向かう。
大会が、始まる。