【第2話】名前を呼ばれるということ
「……信じられねぇ。あいつ、新兵だよな?」
「新兵どころか、名前すらねぇぞ。今日来た奴だってさ」
「マジかよ……あの動き、歴戦の騎士でも真似できねぇ」
戦場が終わり、陽が落ちかける頃。
俺は、ぼろぼろになった槍を肩に担ぎながら、負傷兵の搬送を手伝っていた。
周囲の兵士たちが、ちらちらとこっちを見てはヒソヒソ話している。
その内容は――大体、俺への驚きと困惑と、少しの警戒心だ。
そりゃそうだろう。
初陣の若造が、敵騎兵の突撃を単独で捌いて、指揮官すらいない混乱の中で小隊をまとめたんだから。
ゲームで100回以上同じ戦闘をシミュレートしてきた身としては当然の動きだったが――現実の連中からすれば、ただの“化け物”だ。
「おい、新兵!」
声がした。
振り返ると、大柄な男が腕を組んで仁王立ちしていた。
全身の鎧には傷が刻まれ、マントには血がにじんでいる。見るからに“本物”の軍人――たぶんこの部隊の隊長クラスだ。
「名前は?」
一瞬、言葉に詰まる。
が、すぐに思い出した。“この世界での俺”の名だ。
「……ロンドです。ロンド・ヴァレリアと申します」
適当に名乗った名前が、今や現実の“個人名”になった。不思議な感覚だった。
「ロンドか。――見事な戦いぶりだった。あのまま奴らに側面を取られていたら、我が中隊は壊滅していたかもしれん」
「恐縮です」
「貴様、何者だ? 本当に新兵か?」
「はい。昨日配属されたばかりです」
疑うような目。だが俺は嘘を言ってない。……少なくとも、この世界の俺としては。
「……まあいい。しばらく我が直下の小隊に入ってもらう。名誉なことだと思え」
「はっ!」
思わずビシッと敬礼してしまった。……ゲームの癖が、体に染みついている。
だが――心の中ではガッツポーズだ。
「小隊付き」ってことは、ここからさらに昇進のチャンスがあるってこと。
この世界でも、“成り上がりルート”は存在するらしい。
その夜、焚き火を囲んでの粗末な夕食。
硬いパンとスープをすすりながら、俺は思っていた。
――この世界、悪くないな。
戦争ゲームを愛し、現実では冴えないまま終わるはずだった俺が、
“戦場”という舞台で、ようやく生きている実感を得ていた。
もちろん、危険は山ほどある。
死ねばゲームオーバーどころか、“本当に死ぬ”。
けれど、それすらも――もう慣れてる。
だって、何千回と「死んで覚える」を繰り返してきたから。
「次の戦いでも、俺は――勝つ」
呟いた言葉は、焚き火の火花と共に夜空へ消えていった。