六.怒りのご褒美、白骨の精
「ねえねえ、あれは何?」
「布地屋でございます。」
「あれは?あれは?」
「糖葫蘆。」
「あの大きな建物は?」
「『映瓊楼』でございます。」
「?」
「京城で最も有名な玉器の店でございます。」
「後宮よりも大きそう……」
「冗談はおやめください。高さなら後宮よりも高いですが、広さは到底及びません。六階建てとはいえ、後宮より大きいはずがありません。」
「じゃあ、あれは……」
「もう指を差さないでください。他の方に白骨を見られてしまいますよ?」
小白は口をとがらせ、まるで子供のような仕草を見せた。それが微笑ましいやら呆れるやら。しかし、彼女は決して白骨の精とは思えぬほど、無邪気だった。
あの日、彼女が本来の姿を現した時――白骨が宮女の衣を纏い、目の前で跪いていたその光景は、まさしく恐怖そのものであった。彼女は自らを白骨の精と名乗り、後宮に渦巻く怨念から生まれ、怨気を糧とし、人々の恐怖や悲しみを喰らって生きているのだと語った。
そして、自らの境遇を嘆くうち、彼女は突然顔を上げ、鬼のような形相で叫んだのだ。
「どうして!なぜお前たちはそんなに楽しそうなのだ!なぜ憎まぬ!?なぜ争い続けぬ!?あの女の子を殺してやれ!あの妃を池に突き落としてやれ!」
私たちは顔を見合わせ、返答に窮した。彼女に真実を告げたところで、余計に怒らせるだけではないか。
「ここに男はいないのに、争ってどうするの?」
最後に口を開いたのは雪妃だった。彼女は、白骨の精が叫びすぎて声がかすれ始めたのを見て、親切心から答えたのだ。
「男がいない!?そんなはずがない!皇帝は!?彼はどこへ消えたのだ!?」
「皇帝は女に興味がないのよ。」
「男でもいい!男を後宮に入れれば、争いは起こるではないか!」
黙って聞いていた文妃は、ゆっくりと一冊の小説を取り出した。題名は――『覇道皇帝、宰相を愛す』。
白骨の精は半ページも読まぬうちに、その世界に引き込まれていった。大広間には静寂が訪れ、聞こえるのは紙をめくる音だけ。そして、わずか半刻ほどで読み終えると、彼女は目を輝かせて顔を上げた。
「世の中には、こんなにも心身を堕落させる素晴らしいものがあったのね♥」
やめなさい。その♥が怖い。
こうして、白骨の精は宮女として後宮に住みつくこととなった。
数日後、彼女は人の姿を取り戻したが、それは首から上のみであった。私は「どうにかならぬのか」と尋ねたが、彼女は首を振り、こう答えた。
「ここでは怨気が足りません。」
彼女は、わずかに残った怨気を用いて、ようやく頭部だけを人の姿に戻せたのだという。ともあれ、もう宮女たちが彼女を見て悲鳴を上げることもなくなったのは、何よりのことであった。
白骨の精は百年もの間、後宮にいたというのに、その言動は子供同然だった。そのため、宮女たちは彼女を「小白」と呼び、可愛がった。おやつを分け与え、仕事もさせず、まるで甘やかしすぎではないかと思うほどに。
さらに数日が過ぎ、宮女たちが私のもとへ嘆願に来た。
「小白様の身体と腕が、いまだ白骨のままでございます。何とかして差し上げてはいただけませんか?」
私は怨気を探すべく、宮女の姿に扮し、小白を連れて外へ出ることにした。――ちょうど旬休(※1)を利用して。
しかし、すっかり忘れていた。この日は、公主の婚礼の日であったのだ。
京城の街は祝いの喧騒に包まれ、怨気どころか、ほんのわずかな不満すら感じ取ることができなかった。
だが、そんな状況にありながら、怨気を糧とするはずの白骨の精は、まるで魚が水を得たかのように街の賑わいへ溶け込んでいった。
彼女は琉璃の歩揺を買い、片手に風鈴を持ち、もう片方の手で桂花糕を頬張っている。口いっぱいに菓子を詰め込み、後始末は私に押しつけられた。私は彼女の頭を掴み、力強く口元を拭ってやった。
「おおおおお!皇后様の怒りが……!」
やめなさい!そんな天に昇るような表情を浮かべるのは!まるで私が妙な人物のようではないか!
「はああ……なんと素晴らしき怒り♥」
「いい加減にしなさい!」
私は彼女の頭に鉄拳をお見舞いした。
「もっと!もっとお怒りになって!」
抱きついてこようとする小白を蹴り飛ばす。
街の人々が怪訝な目でこちらを見つめているのを感じ、私はもう耐えられなくなり、後宮へと逃げ帰った。
後宮に戻ると、小白の身体を改めて診てもらった。すると――彼女の身体は完全に人へと戻っていた。
どうやら私の怒りが、百年分の怨気に匹敵したらしい。恐ろしい、なんとも恐ろしいことだ。
「だから、二度と私を怒らせるな!」
「それなら、皇后様も不正をなさいませんように!」
「私は皇后よ!」
「はいはい、自模!大三元!」
「……ああああああ!」
「おお!皇后様の怒りが♥」
注1:
中国古代では週という概念がなく、ひと月を三旬に分けて数えた。官吏には、十日に一度の休日(旬休)が与えられていた。