五.雞胡(ジーフー)が見つけた怪雞(クァイガイ)(1)
「ポン!」
「待って、私は……」
「いただくわ、国士無双!」
「「「ああ——————!」」」
後宮で最も楽しまれている娯楽とは、賭け事でもなく、文妃の物語本でもなく、闘コオロギですら二の次。真に人気を博しているのは麻雀でございます。
他の遊戯が試されたこともございます。例えば葉子牌(2)など。しかしながら、麻雀ほどの高揚感を覚えることはございませんでした。理由は分かりませぬが。
「ポン!私の番ね、対々和!」
「皇后様、また和了ですか!悔しいですわ!」
徳妃の背後に立つ宮女が、灯りの加減で表情は見えぬものの、
「淑妃様が皇后様の牌で断ヤオ九を和了するなんて!それではまるで皇后様を妓女と揶揄しているようなものではありませんか!(1)」
「徳妃様の捨て牌を阻むとは、万死に値する!」
「明妃様、素晴らしい一手ですわ!」
「皇后様が待っておられる牌、誰が手を出せましょう!」
どことなく皮肉めいた声色。これでは興が削がれてしまいます。
一巡するうちに興が冷め、休息を取りたくなりました。他の者たちも同じ気持ちだったのでしょう、あの宮女の言動が皆の心を煩わせたのか、場は冷え切ってしまいました。気性の激しい淑妃などは、あからさまに彼女を睨みつけるほどで。
最後に点数を計算いたしましたところ、私は例によって勝ちも負けもなし。すると、皆が笑いながらこう言うのです。
「今日の一局だけでも、皇后様はまたもやプラマイゼロ!まさに【永遠の零】!」
【永遠の零】とは、私の異名でございます。賭け事とは異なり、麻雀において私はなかなかの腕前。しかしながら、不思議と勝ち負けを繰り返しながらも、最終的に計算すると常に元の点数へと戻ってしまうのです。
そんな折、先ほどの宮女が突如大笑いし始めました。
「【永遠の零】ですって?なんてバカな称号でしょう!あははははは————!ねえ、あなたたち、可笑しくないの?」
場が凍りつき、全員の視線が彼女へと注がれました。もはや貴妃すら無視を決め込んでおります。宮女たちに至っては、露骨に距離を取るほど。
皆が後宮を辞し、私の【鳳凰宮】を後にすると、しばらくしてから私もあとを追いました。あの宮女がどこへ向かうのかを確かめるために。
しばし歩を進めるうち、彼女の姿は人気のない冷宮へと消えていきました。
冷宮とは、元来罪を犯した妃たちを幽閉するための場所。しかし、実際には失脚した妃が収容される場として知られております。宮殿の北側に位置し、陰気な空気が漂う寒々しい場所。冬は極寒、夏は湿気に苛まれ、到底長く留まるには適さぬ環境。
その冷宮の裏庭へと進む宮女。屋根が途切れた場所では、月光が彼女の顔を照らし出しました。———しかし、その顔には見覚えがございません。私は後宮を統べる身、入宮前には軍を率いたこともありました。山賊討伐程度のこととはいえ、後方支援を含め五百の兵を率いた経験がございます。
それゆえに、軍の五百名の顔をすべて覚え、密偵を見抜く目を養いました。その記憶力をもって後宮を管理している身。宮中のすべての者の顔を把握しておりますゆえ、新たな者がいれば即座に気づくはずなのです。
けれども、その報告は魏公公から受けてはおりません。ならば、あの宮女はいったい———?
急ぎ魏公公を呼び、共に冷宮へと戻りました。しかし、そこに宮女の姿はなく、隅々まで探しても見つかりませぬ。魏公公からの疑いの眼差しを受ける羽目となり、悔しさが募るばかり。
幸いにも、徳妃も彼女を見ていたことを証言し、疑念は晴れました。
「まったく、私が信用ならぬとでも?」
「皇后様の日頃の振る舞いを鑑みれば、当然かと。」
「では徳妃はどうなの?あの方こそ賭場を開いているではないか!」
「徳妃様は単なる庄家。加えて、日頃の振る舞いは実に慎ましやかで、賢淑な方。」
……あの方が金を掴みしめ、黄金を抱いて眠る姿のどこが慎ましやかなのか?彼女の父は戸部尚書(3)、母は京城随一の豪商の娘。さてはて。
ともかく、事が先決。後宮の宮女三百名を【永寿宮】の大広間に一堂に集めました。その壮観たるや、かつて軍を率いた際の陣容に劣らぬほど。気が引き締まり、私は階段の上に立ち、士気を高めんと口を開いた———。
「諸君、貴殿らはただの蟻———ああ!」
頭に一撃。振り返ると、拳を握った魏公公がそこに。
「皇后様?」
気が削がれました。
「……申し訳なく……。」
「よろしい。」
私と徳妃はじっくりと目を凝らし、すぐに昨日の宮女を見つけました。捕らえようとしたその瞬間、手が空を切りました。宮女はすでに梁の上に座り、こちらを指さして嘲笑っていたのです。
しかし、彼女は知らなかったのでしょう。私は武術を心得ております。軽やかに宙を踏み、彼女の目の前へと跳び上がると、その首筋をひょいと掴み、小猫のように軽々と持ち上げました。
彼女は私たちの前に跪くなり、すぐに哀れなふりをし始めました。
「皇后様……私、一体何の罪を犯したのでしょうか?」
「お前は何者だ。」
「私は……ただの小さな宮女でございます……」
「よくもまあ、しらじらしい。」
「私は……決して嘘などついておりません……」
「まだ『私』などと言うか……」
「……ふっ。」
誰かが小さく笑ったかと思うと、場の空気が一変し、一斉に笑いが巻き起こりました。彼女の姿が、まるで物語に登場する野心深い貴妃のようだったからです。皇帝に甘えては己の権勢を誇る、そんな典型的な姿を思わせました。
けれども、私たちの笑い声に、彼女はまるで耐えられぬといった様子で身を震わせ、ついには、ぼんやりと煙が立ち上るではありませんか。――煙?私はすぐに口と鼻を覆い、側にいた者の手を引いて後退しました。毒でも含まれているやもしれません。
しばらくして煙が晴れたその先に、跪いていたのは――白骨だったのです。
注1:
私は用語を日本の麻雀のものに変えましたが、皇后たちが遊んでいたのは広東麻雀です。広東麻雀にはヤオ九牌はなく、一番小さい役は「雞胡」と呼ばれます。また、「雞」という言葉は広東語では食べ物を指すだけでなく、娼婦を意味することもあります。さらに、タイトルの「怪雞」も広東語で「奇妙なもの・こと」を指します。
注2:
葉子牌は、中国古代のカードゲームの一種です。
(参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E5%BC%94)
注3:
戸部は中国古代の行政機関で、「戸」とは戸籍を意味します。この部門はもともと戸籍管理やそれに関連する税の徴収を担当していましたが、次第に財政管理全般を担うようになりました。例えば、塩や鉄の管理、物価の調整、災害救済なども含まれ、現代の財務省に近い役割を果たしていました。また、「尚書」は中国古代の官職で、各部門の長官を指します。