三.後宮に最も似ているものとは?
「こちらは【永寿宮】、歴代の太后様が住まわれた宮殿でございます」
私は前方の宮殿を指し示しながら説明した。【永寿宮】は後宮で最も大きく、歴代の皇帝の生母や養母が暮らしていた場所である。
「しかし、先ほども申し上げたように、今上陛下の御母堂はすでに崩御されておりますので、【永寿宮】に現在の主はおりません」
「中を拝見してもよろしいでしょうか?」
「機密などございませんが、気になりませんか?」
「冗談は……いえ、皇后様のお戯れですね。奴婢は決して間者などではございません」
「ならば、よろしいでしょう」
私は扉を押し開き、ついでに一言付け加えた。
「後宮では皆、仲良くやっておりますので、妃同士は奴婢などとへりくだる必要はありませんよ」
【永寿宮】は後宮最大の宮殿であり、その豪華絢爛さも群を抜いている。特に拝謁のための大広間は、金碧輝煌たる輝きを放っていた。
雪妃は太后様のお椅子の前に歩み寄り、指先でそっとなぞると、
「ふむ、よろしいですね」
埃ひとつない。
「当然です。【永寿宮】は私が管理しておりますゆえ」
私は誇らしげに胸を張った。魏公公もすかさず補足する。
「はいな、皇后様のご指導のもと、我々は自発的に宮殿を隅々まで管理させていただいております」
この一言で、雪妃の目が尊敬から落胆へと変わる。
「雪妃様、機会がございましたら、ぜひ皇后様の【鳳凰宮】へもお越しくださいませ。実に見事なご様子でございますよ、ふふ」
次の一言で、雪妃の目つきはもはや軽蔑そのものとなった。
「本宮はコオロギを育てるためでございます!」
「お召し物を乱雑に放り出すのも、まるで神将でも飼われているかのようですな」
「淑妃が本宮に勝ったことが一度でもございましたか?」
「そ、それは……皇后様の御聡明なる御采配でございます……」
当然のことでございますわ、ふふ。
「さて、こちらが歴代皇后の住まう【鳳凰宮】でございます。そして、あちらは……」
「拝見できますか?」
「宮殿は現在修繕中でございますゆえ、一般開放は致しておりません」
「……」
もはや視線どころか、表情全体が露骨な軽蔑へと変わっていた。その横で魏公公が「ふっ」と笑いを漏らす。許せませんわ!
「では、後宮で最も経験豊富な魏公公より、後宮の仕組みについてご説明いただきましょう」
魏公公は私を一瞥し、ため息混じりに語り始めた。
「雪妃様、『後宮佳麗三千人』という言葉をご存じでしょう?」
「本当に三千人もいるのですか?」
「前代の陛下であれば、それも誇張ではなかったかもしれませんな」
「一人の方が三千人もの妃と過ごす時間があるとは思えませんが……?」
「宮女もその数に含まれておりますゆえ」
「なんですって?」
「宮女もまた女性。陛下がその気になれば、寵愛を受けることも可能でございます」
「宮女が後宮で最も身分の低い者となります。官職に品位があるように、後宮にも格付けがあるのです」
私は補足した。
「そうです、雪妃様。宮女は最も低い九品の位を与えられ、雑務を担っております」
「そして、働きぶりが認められれば昇進が叶います。後宮には【六尚】があり、それぞれ【尚宮】、【尚儀】、【尚服】、【尚食】、【尚寢】、【尚功】と分かれております。【六尚】のうち、最も下位は八品、最高位は五品となっております」
「まるで官僚制と同じですね」
「ええ、その通りでございます」
歴史上、幼くして即位する皇帝も多く、そうした場合、皇太后が政務を代行することもあった。ゆえに、後宮も政務を担うために官僚制と類似の仕組みが整えられたのだ。
「また、皇帝に寵愛された宮女が正式に封じられなければ、『准妃』となります。位は上がりますが、妃嬪には含まれません」
「その後は、皇帝に寵愛された回数によって地位が決まります」
そこで、私はふと問いかけた。
「妾妃の地位が、幾度寵愛を受けたかによって決まる場所……どこか似たような制度を持つ場所がございますわよね?」
「……?」
雪妃は目を素早く泳がせ、しばらく考えた後、ようやく気づいたように顔を上げた。
「青楼(遊郭)!」
「ええ、そうですわ」
「まさか……!」
「ええ、まさに。しかも、この青楼には、もう客人は訪れないのです」
「……っ!」
「いやぁぁぁっ!!私、正真正銘の公主なのに!なぜこんなところに……!!」
雪妃は地面にひれ伏し、涙を流しながら慟哭するのだった。