朝起きたらIQが下がる呪いに罹っていたので難しいことは考えずに報復しようと思います
いつもより清々しい気分で目が覚めた。
窓から差し込む柔らかな光が私を温かく包み込み、煩すぎない鳥のさえずりが心地よい。
昨日まで不作だとか納税だとかで色々と悩んでいたような気がするが、それらが脳内から綺麗さっぱりいなくなったからか、いつもより体の調子がいい。
平民らしい質素なベッドの上で、身を起こして伸びをする。
窓から見える外の景色はいつも通り長閑で、お隣さんが農業にいそしんでいる姿がよく見える。
寝起きで頭が回らないが、日課のステータス確認は怠らない。
この世界には睡眠成長ボーナスという概念があって、睡眠の質をよくすることでステータスの成長にボーナスがつくのだ。
反対に夜更かしをしたりして睡眠の質が下がるとステータスが下がるという噂があるが、夜更かし常習者の私でも毎日プラスの成長をしているのだから、そんなのはまやかしに違いない。
…そう思っていたんだ。昨日までは。
ステータスを確認した私の目着替えとんできたのは、今まで見たこともない2つの項目だった。
一つ目の項目は「IQ」…私には正直、それがどういう意味の言葉なのかわからなかった。
しかし、「IQ : 139(-1)」とあることから、元々IQという項目が140あって今朝それが悪い方向に1成長…あるいは退化したということはわかった。
二つ目の項目は「呪い」だ。
流石に絵にかいたような平民の私でもその言葉の意味するところくらいは分かる。
これは由々しき事態だ。
呪いの項目には、「IQ低下」とある。
詳しい文を読んでみると、どうやらIQは10日に1下がるらしいことが分かった。
つまり、私のIQはあと1390日…つまり4年弱で0になってしまうということだ。
いや?そもそも0になるまで放っておいてもいい数値じゃないのかもしれない。
まあ、こうしてウジウジ悩んでいたってしょうがないのだ。
私は考えるのをやめた。
でも、せめて教会でお祓いだけはしておこうかな。
そう思って身支度をする。
私はそんなに体が丈夫なほうではない上にうちには兄という私よりある意味弱い立場の成人男性が8人もいるので働き手には困っていないから、田舎民にしては珍しく、私に割り振られた仕事は特になかった。
というわけで、いつもは本を読む以外、超絶暇を持て余している私は着替えと食事を済ませてすぐに出発した。
5分後、村唯一の教会に着いたのだが、そこはいつもと違って静まりかえっていた。
どうやらいつも賑やかな孤児たちが資金獲得のために遠征しているらしい。
一人取り残されて寂しそうな神父さんに声をかけ、解呪を依頼した。
しかし、解呪を始めた神父さんはものの数分で「こりゃあ儂には手に負えん」と言って解呪を投げ出した。
私の呪いにはどうやら邪神が一枚嚙んでいるようだ。
神父さんは邪神に伝手などないのでお手上げだというが、何かほかに手がないだろうか?
ここで私は閃いた。
邪神に伝手がある人物といえば魔界に住んでいる魔王である。
ちょっくら魔界まで行って魔王を一殴りして私の呪いを解かせよう。
ということで、いつまでもヒヨヒヨしている訳にはいかないので私は筋トレに励んだ。
いつもは近づかない村の近くのダンジョンに潜ってゴブリンの巣を突いてみたりした。
1年ほど経った頃だろうか。
一般的に女性は男性より筋肉がつきにくいといわれるが、生活の全てを筋力トレーニングにささげた私はゴリゴリのマッチョに成長していた。
確か1年前は体が弱かったような気がするが、気のせいかもしれない。
その代わり、IQは36下がって103になった。
見た目だけじゃなくて脳みそまで筋肉になったねと多くの人から言われたが、私は難しいことはよく分からないので誉め言葉として受け取った。
そして、いよいよ村からの旅立ちの日がやってきた。
見送ってくれるのは母と8人の兄だ。
私は彼らに別れを告げた後、走って大陸の端まで行った。
常人なら道中の魔物退治なども含めて数年かかる距離だが、限界まで筋肉を鍛えた私はなんと、僅か1か月でここに着いた。
そして今、眼前に広がる大海原をどう攻略するか考えているところだ。
必死に考えるが解決策は見つからない。
そんな時、私の筋肉が「我々の出番だ!」と囁いた。
私はその声に従うことにした。
私は筋肉を震わせた。
その衝撃波で海は真っ二つに割れた。
衝撃波をまともに食らった魚や魔物がミンチになり、そこかしこで海のモズクになっているが、私は構わず進んだ。
あれ?藻屑だっけ?まあいいや。
私は真っ二つになった海の真ん中を魔界方面に向かって歩く。
海の断面がどういう訳か氷のように固まっているので、今の技を筋肉魔法「海固め」と名付けよう。
しょうもないことを考えて足がノロくなっていた事実に気づいた私は、道中で倒したサンダードラゴンの飛翔のように急加速する。
魔界はすぐそこだ。
しかし、スピードを上げすぎた弊害か、うまくブレーキが利かない。
おかげで停止するまでに魔王城を半分吹き飛ばしてしまった。
驚いて湧き水のように飛び出してくる魔族たち+魔王。
さあ、今こそ...!私の筋肉の集大成を見よ!!
私の光速パンチは魔王の腸を引きちぎり、地獄へ続く大穴を開けた。
今の攻撃に満足する私と事切れる魔王。
そこで私はふと冷静になる。
はて?何のためにここまで来たのだったか?
確か、邪神を倒しに来たのだった。そうだ。そうに違いない。
私は邪神がいる地獄へ向かうため、勢いよく大穴に飛び込んだ。
地獄にいまだかつてない規模の地響きが鳴る。
ゆっくりと体を起こした私の周りには筋肉の衝撃波でバラバラの肉片になった悪魔たちの残骸が転がっている。
この技は筋肉魔法「起き上がり爆死」と名付けよう。
さて…そんなことより、邪神はどこにいるのだろうか?
私の地獄探検は1年ほどで終わりを迎えた。
今、私の前に土下座しているのは体中の穴から水分を垂れ流す邪神だ。
邪神が垂れ流した水分は地面にこぼれることはなく、私の筋肉の脈動によって素粒子レベルで分解され世界から消失している。
しかし、邪神は腐っても神。
私の筋肉から発せられる微弱な超音波に負けることなく肉体の形を保っている。
邪神が口を開く。
「あのう…本日はどういったご用件で…?」
私は筋肉の躍動感で今の感情を表現した。
ムキッ
私は唐突に思い出した。
そうだ、確か呪いが…
その先は、「筋肉こそ至高!」ということしか思い出せない。
「呪い…ですか。ああ、これは創造神の…!(邪神の言葉はここで途切れている)」
邪神はそれだけ言い残して滅びた。
筋肉の波動に耐えられなくなったようだ。
やはり筋肉こそ至高だ!
さっき、創造神という単語が聞こえた。
筋肉という概念を生み出した者と拳で語り合ってみたい、そんな欲が私を突き動かす。
私は足に力を込める。
地面がひび割れ、隙間からこれ幸いと噴出した溶岩が私を勢いよく天界へと打ち上げる。
私は筋肉の鎧をまとっているので、当然ではあるが溶岩ごときで焼けたりしない。
勢いよく天に昇ったことで程よく筋肉が温まり、その熱で天界がドロドロと溶け出した。
急激に熱せられたことで驚いたのか、セレモニーの鳩のように飛び上がる天使と神々が私の背景を彩る。
私は重力に任せて体を傾け、その傾いた方向に創造神がいる!という筋肉の囁きを信じて走り出す。
光速に達した私が創造神に会うまで10秒ほどの時間を要した。
創造神は私の想像よりはるかに大きく、筋肉の波動によって観測できるのは創造神の目玉だけだった。
「して、何の用じゃ」
創造神はそう言って瞬きをした。
筋肉の波動が目に染みたようだ。
私は戦闘の構えをとった。
創造神の目玉も手足にエネルギーを漲らせて戦闘の構えをとった。
そして筋肉と筋肉がぶつかり合う、まさにその瞬間。
世界がスパークし、原初の私は創造神の目玉と共に滅びたが、第二第三の私が地上へと降り注いだ。
「なるほど、だから僕にはお母さんが2人いるんだね」
愛しき我が子はようやく納得してくれたようだった。
ここまで長かった。
よその家庭と違って、同性婚をして養子を貰ったのはいいが、成長に伴ってうちの家庭の特異性に気づきかけている息子の追及は年々厳しくなっていた。
だが、これで当分その悩みからは解放されることだろう。
『朝起きたらIQが下がる呪いに罹っていたので難しいことは考えずに報復しようと思います』
私の手元で光を放つ、スマホに映し出されているのは最近ハマっているなろう系小説だ。
いやぁ、今まで想像もしていなかったけれど、なろう系も日常生活で役に立つことがあるんだなぁ。
私はつかの間の喜びを嚙み締めつつ布団へもぐりこんだ。
今夜はいい夢を見ることができそうだ。