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ほわんとしたもの  作者: ましたたけよ
1/2

敷きっぱなしの布団にダイブ

    《この僕という生きもの》


どうやら

僕はまだ生きているらしい

いつかは死ぬのだろうけれど

そのいつかは

いつなのか

そんなこともちろんわからない

わからないけれど

それまでは生きる

というそんな気持ち

そんな姿勢

それで良いのかどうか

わからないけれど

ではどんな姿勢で生きれば良いのか

それがわからない

というか

そんなの考えたくもない。

「だから、あんたは駄目なのよ」

キヨミはそう言いながら

枝豆を次から次へと口に放り込む


        《キヨミ》


「君ってそんなに枝豆好きだったっけ?」

僕がそう言うと

キヨミははっとした顔で僕を見る

それは驚きという言葉では不十分なくらいな

ただならぬ顔

キヨミは目を丸くする

その目がだんだん潤んでくる

それはまるで

難解な数式にでも出逢ったかのよう

キヨミは無言でじっと僕を見る

もしかすると

僕は何かまずいことを言ったのかもしれない

「あのね、枝豆は好きよ。好きだから食べてるの。でもね、そう改めて言われると、何か嫌だわ」

やはり僕はまずいことを言ってしまったようだ

謝ろうかなと思ったけどやめた

謝ったりしたら状況は余計にややこしくなる

そんな気がした

「ねえわかる?私が枝豆をぱくぱく食べてるのは、目の前に枝豆しかないからよ。他に何かあればそっち食べるから」

「なるほど。じゃあ何か頼むかい?」

僕はテーブルの上に立てかけてあるメニューを取り

キヨミの前に広げる

「ビーフストロガノフが食べたい」

キヨミはそう言って

挑むように僕を見る

「無いよ」

「無いって、何が?」

「ビーフストロガノフ」

「何で?」

「さあ、何でだろ?知らないよ。でも無いんだ」

「じゃあ枝豆」

「自棄になるなよ」

少し離れたテーブルから

若い女の子たちの

弾けるような笑い声が聞こえてくる

キヨミがちらとそっちを見て

そして僕を見て

きっと目に力を込めて僕を睨む

「あっち楽しそうなんですけど」

とキヨミが箸の先を

女の子たちの方へ向ける

「そうだね。若いからね」

「何それ?」

「え?」

「私が若くないってこと?」

「え?いや、君は若いよ」

「何それ?」

「いや、君は若いってこと」

「私が何歳か知ってるの?」

「29」

「28だよ」

喉が渇いてきたので

僕はビールを頼む

「つまみは?頼まないの?」

キヨミがそう訊いてくる

僕は慌てて

「あじゃあ何にしようかな」

「何にじゃなくてさ、そこは枝豆でしょうが」

結局僕たちは閉店間際まで

その居酒屋にいた

店を出たところで

キヨミは腰くらいの高さの看板に

したたかに腰を打ちつけて

うっと短く呻いて

看板を睨みつけたかと思うと

その看板を

思い切り蹴りつけようとしたので

僕は慌てて看板の前に回り込み

看板が喰らうはずの蹴りを

背中で受けた

「ちょっと何してんのよ?」

「看板を守ったんだよ」

タクシーを呼んで

キヨミを押し込む

いったん後部座席に収まった

キヨミが

何を思ったのか

外へ出ようとする

「ちょっと何やってんのよ。何でタクシーに押し込むのよ。話終わってないんですけど」

「帰るんだよ。シゲルが心配してるだろ」


        《シゲル》


シゲルはキヨミの夫であり

僕の幼稚園の頃からの幼馴染みであり

僕の元恋人

「だからさ、私の話終わってないんですけど」

「君の話って終わりあるの?」

「はあ。何それ?」

僕はそれには取り合わず

運転手さんに「行ってください」とお願いすると

ドアが閉まり

タクシーは走り出し

すぐに見えなくなった

スマホを取り出し電話をかける

「今タクシーに乗せたから」

「ありがとうタケちゃん」

タケちゃんというのは

もちろん僕のことだ

その呼び方は幼い頃から変わらない

変わらないのは呼び方だけではない

シゲルは本当に変わらない

もちろんあの頃よりも背は伸びたし

声はわずかに低くなった

でも中身は変わらない

シゲルは

いつまでたっても

シゲルのままだ

「タケちゃんも一緒にタクシーに乗ればよかったのに」

「何で?」

「何でって、だってタクシーに乗ったら会えるじゃない」

「シゲル、お前なあ、そういう事言うなよ。聞かれたら誤解されるような事言うなって」

「何で?いいじゃない。誰も聞いてないじゃない」

「そういう事言ってるんじゃないよ」

「ねえ、タケちゃんは僕に会いたくないの?」

それは会いたい

会いたいけれど

会いたいから会いたいと言える

そんな簡単な話ではない

昔みたいに単純じゃない

シゲルにはそれがわかっていない

何度も説明したけれど駄目だ

僕はそれを半ば諦めている

「とにかくキヨミはタクシーで帰ってるから。頼むよ。ああ、あとそれと、ちゃんと話聞いてあげろよ。寂しいって言ってたぞ」

「僕だって寂しいよ。ねえ、僕がどうして寂しいかわかる? それはねえ」

「わかるよ。切るぞ」

シゲルが何か言おうとするその前に僕は電話を切った


        《盗撮》


やれやれと思いながら駅へと急ぐ

ホームに着くと

ちょうどその日の最終が出るところ

何とかそれに乗り込んだところで

扉が閉まる

座席に腰を下ろすと

疲れがどっと出てきた

肩が落ちて

首が前に折れるようにして倒れる

キヨミ

シゲルの妻

キヨミから聞かされる

シゲルについての愚痴

正直うんざりだった

女と二人きりで話をすること

それそのものが僕にとってはストレスなのに

しかも話の内容が酷い

夫との生活に不満があるとか

そんなこと僕の知ったことではない

しかもその夫というのがシゲルなのだから

シゲルについての愚痴とは

それはすなわち

シゲルの悪口なのだから

かつての恋人の悪口なんて聞きたくない

誰だってそうだと思うけど

それにかつてといっても

今も今でも僕は

シゲルのことが好きなのだから

自宅の最寄り駅に着いた

ホームを歩く

僕の前にはスーツを着た男

酔っているようで

右にふらふら左にふらふら

その先には

びっくりするくらい短いスカートの女

男は女の後ろにぴたりとつく

嫌な予感がして

その予感は的中する

スカート短しの女

千鳥足の男

そして僕

その順番のまま

僕たち三人は

上りのエスカレーターへ

男はスマホを取り出すと

スカートの下へと移動させる

ああやっぱり間違いない

盗撮だよ盗撮

ああと漏れるのはため息

やめてよね恥ずかしくないのかな

いい歳してみっともない

というより

理解できない

ああして撮れるものは

女のスカートの中

それは女の脚とか女の下着とか

そういうものだろう

それを撮って

何がどうなるというのだろう

男の何が満たされるというのだろう

いやわかるよわかりますよ

あれでしょ

性的なものでしょ

性的な欲求でしょ

でもさ

ほんとにそれで満たされるの?

スカートの中のパンツ撮影して

それでお前の欲求は満たされるの?

お前の欲求はその程度なの?

と僕は問いたい

この男だけでなく

世の男全てに問いたい

でこの状況で

僕はどうすればよいのか

どうしなければならないのか

それは当然のことながら

男の盗撮を阻止しなければならない

何の罪も無い女を守るために

何の罪も無い?

果たしてそうなのだろうか

あのような短いスカートで公衆の面前を闊歩することは

果たしてどうなのだろうか

あんなに短いスカートで

エスカレーターに乗れば

盗撮されてしまうことなんて

容易に想像出来るではないか

ではどうしてあのような短いスカートを身にまとうのか

理由はあるのか

それは当然あるのだろう

それは何か

僕にはわかる

間違っているかもしれないけれど

想像出来る

どうして短いスカートを履くのか

それは脚に自信があるからだ

すらりと伸びたしなやかで長い脚を

見せつけたいのだ

ここで問題なのは

女が見せつけたいのは

それはあくまでも脚なのであって

決してパンツでは無いのだ

だから盗撮は

させてはならない犯罪行為なのだ

よし止めるのだ

目の前で行われている犯罪を阻止

するのだ

でもどうやって?

男の手からスマホを取り上げる?

ううん自信は無いな

では声を掛けるか

でも何て?

ちょっと盗撮なんて

馬鹿な真似はやめなさい

とでも言おうか

でもその結果

面倒なことになるかも

男が怒って殴りかかってくるかもしれない

ううん殴られるのは嫌だな

とか何とか

うだうだと考えているうちに

僕たち三人はそろって

エスカレーターを上がりきってしまう

盗撮された女も

盗撮を終えた男も

同じくらいの速度で歩いていく

僕ひとりだけが

どういうわけだか

歩く速度を著しく落とすものだから

僕と二人との距離は開いていって

二人は見えなくなる

僕はあーあとため息をつき

駅を出て空を見ると

そこには星は無く

月だけが浮かんでいて

それも欠けているから

月さえも頼りない


        《帰宅》


駅から歩いて十分

マンションの五階

エレベーターはある

あるけれど使用しない

理由はエクササイズ

階段使って

階段上がって上がっての

強気の一段飛ばし

五階へ着く

大丈夫

そんなに息は上がっていない

何ならあと数階くらい上がることも

可能といえば可能

と強気なのはそのくらいにして

部屋に向かい

鍵を取り出し中へそっと入る

「お帰りなさい」

声が返ってきて

僕は反射的に「ただいま」と返す

「まだ起きてたんだ」

「うん。何か眠れなくてね」

妻は居間でスマホを見ながら

そう言う



































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― 新着の感想 ―
[一言] ましたさん書き出したのですね。 お祝いのブックマークです!! 5414の子達もご贔屓に!
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