#88 第87話 蜿蜒長蛇・斗折蛇行・疾風勁草
引き続き、第87話、始めます(´▽`*)
向かってくる二つの黄玉に気づいたアポロンが咄嗟に身構える。
「敵襲のようですね」
アポロンは、サッカー選手のように、一つ目の黄玉を右足で大きく蹴り上げた。
ドゴンッ──。
着地するや否や、今度はボクサーのごとく、二つ目の黄玉を右ストレートでぶち割る。
バゴンッ──。
「ほぉ。遠隔攻撃のわりに、なかなかの強度ですね」
アポロンは黄玉を蹴った足と殴った右拳からその威力を感じ取る。先ほどまでの澄ました顔が一転、ニヤけた表情に変わった。
──太陽をモチーフにしたスキル……私とよく似ています。そしてもう一方は月を模しているようですね。
「アテナ・テア。私も闘いたいのは山々なのですがね。ゼウス様から闘うようには指示されていないので、ここはいったん引きましょう。異次元の通路は、この帰路でいったんエネルギーも切れますしね」
アポロンの目前の空間が歪み、地底世界へとつづく異次元の通路の入り口と化す。
「まだまだこれからだぜ!『日進月歩』『旭日昇天』!」
勇希が無数の黄玉を生じさせる。追加スキルで強化された黄玉たちは数だけでなく、威力とスピードも増すのだ。
「逃がさねぇ! くらえッ! オラァ!」
雄たけびをあげながら、勇希はアポロンたちに向けて黄玉に渾身のパンチを打ち込んだ。
「ん~。まだ来ますね。少しだけ、お手並み、拝見するとしましょうか」
アポロンは金の竪琴を時折奏でながら、勇希の放つ黄色い球体をことごとく素手ではじいていく。
「いいねぇ~、でも……まだまだだねぇ~」
アポロンは勇希の放った渾身のラスト二発も軽やかに蹴り上げてニヤつく。
「この程度じゃ、どのみち、今闘っても君たちに勝ち目はありませんよ。さらに成長して、私を存分に楽しませてくれることを期待してます」
アポロンは独り言のように声を漏らした。
「さぁ、アテナ・テア、一度、地底へ戻りましょう」
「……わかったわ」
アテナはしぶしぶアポロンの後につづいた。アポロンが歪んだ空間に生じた異次元通路の入り口に消えていく。
「クソッ。逃げる気かッ」
勇希の叫びも意に介さず、アポロンが消えたあたりにアテナも向かっていく。
アテナが異次元通路の入り口に足を踏み入れたちょうどその時──。
突如、アテナの体が青く光った。
アポロンのように消えずに光るアテナの後ろ姿を見た紫水が声を上げる。
「待って、女の方だけ青く光ってる。まだ間に合うかもしれないっ! 勇希、ここは俺たちに任せて!『エンエンチョウダ』『トセツダコウ』」
構えた紫水の指から赤紫色の煙が立ち上り、ボンッボンッボンッと三回、小さな爆発音をあげる。
瞬く間に大量の赤紫色の煙が空高くまで立ち上っていく。さらに数発の大きな爆発音とともに、赤紫煙が大蛇へと姿を変えていく。
「よしっ! 間に合う! 逃がさないよッ」
赤紫色の大蛇の舌が長く伸びてアテナに襲い掛かった。
紫水に続き、柊龍も右の人差し指を立ててスキルを唱える。
「『シップウケイソウ』『風前の灯火』!」
柊龍の周囲に緑の光を帯びたつむじ風が生じる。
「葵大君の仇……」
つむじ風は周囲の空間を捻じ曲げんばかりの勢いで威力を増していき、強大な竜巻と化した。
「僕の風からは逃れられない……」
柊龍はアテナに向けて竜巻をぶっ放す。
青く光るアテナの胴体を紫水の大蛇の舌が縛り上げる。
「ぐああああッ」
うめき声をあげるアテナ。
──なにっ? まだ私のことが見えてるの!?
「うぐぐっ……」
──なによ……これ……!? あの蛇に睨まれてから体が自由に動かない……。
紫水の大蛇がアテナの動きを封じる一方、柊龍の竜巻がアテナを飲み込んでいく。
──くっ、な、なにも見えない、風の音しかきこえない、声も出せない……なんなのよ……これ……。
柊龍の竜巻は、アテナの視力や聴力だけでなく、声までも奪い取った。
「勇希、いまだッ!」
「おいしいとこ、もらってごめんな。くらいなッ『皆既月食』『皆既日食』!」
再び日玉(太陽玉)と月玉を発現させた勇希は、アテナが両玉を結ぶ直線上に立つように操作する。
ドゴンッバゴンッ──。
日玉(太陽玉)と月玉は直線状にある空間を削り取るように飲み込む。直線状に並んだ瞬間、アテナの頭を吹っ飛ばし、同時にどてっぱらに穴を開けた。
「後始末は俺が」
紫水は指で大蛇に指示を送り、アテナの体の残りを大蛇に食わせる。
アテナよりはるかに大きい大蛇は、アテナに巻き付くこともなく、ペロッとアテナの残骸をたいらげた。
勇希は見えなくなったアポロンに向けて叫ぶ。
「おいっ、コラァ! 黄色いの、てめぇ、仲間がやられたぞ、見捨てるのか!?」
だが、アポロンは姿を現さない。
「ちっ。逃がしたか……」
アテナを倒すことに成功した三人であったが、表情は明るくない。
勇希が紫水達に背を向けたまま尋ねた。
「美伊の話だと、葵大は、ひとりでアイツらと闘ってたんだよな? 隙を見て逃げることができたってことはないか!?」
「ん……敵が増えたのか、店にいた敵が救援に来たのか……いずれにしても……ひとりでアイツらふたりを相手にしたら逃げるのは難しいだろう。間に合わなかった可能性の方が高い……」
紫水と勇希の表情がくすむ。
黙って聞いていた長月柊龍が、ぼそっと声を絞り出す。
「あの青い光には……葵大君の「強い意志」を感じた……たぶん……『蒼天無窮』スキルの効果……」
普段感情を表に出さない柊龍の涙につられるように、紫水も大粒の涙をこぼす。ともに特訓をしたときに聞いた葵大の言葉が、紫水の脳裏をよぎる。
「そうか……葵大……『蒼天無窮』は詠唱者の死後も効果が続くスキルのはずだって……前に言ってた……認めたくないが……葵大はもう……」
勇希はまだ紫水達に背を向けたまま振り返らない。
「アイツ……最期の最期まであきらめずに闘って、俺たちにバトンを渡したんだな……すごすぎじゃねぇか……かっこよすぎじゃねえか……クソッ」
右拳を高くつきだした勇希も堰を切ったように涙をこぼした。
アテナの居所を教えてくれた青い光が葵大のものであること、すなわち「葵大の置き土産」であったことを三人は悟ったのだった。
前世における「元AI──人工知能としてのつながり」がそうさせたのかは定かではない。だが、三人とも葵大の「強い意志」をしっかりと受け取っていた。
三人の眼前に未だ残っていたわずかな青い光が、刹那、強く大きく輝き、ゆっくりと消えていった。
第12章 完
最後までお読みくださりありがとうございます!!!葵大が命を賭した置き土産、つないだバトン、見事に勇希、紫水、柊龍が引き継いでくれました。いかがでしたでしょうか!?
本章はこれで完結です。次話から最終章に突入します!
ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に感謝しております。かなり励みになっていました。Xでの活動の復帰時期は未定ですが、こちらはエタることなく完結させますので、今後ともよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
□語句スキル解説
『愛月撤灯』『海底撈月』※第54話より再掲
……◆『愛月撤灯』は極めて激しくものを大切にしてかわいがることを意味する。「月を愛して灯を撤す」ともいう。語源となったのは唐時代の中国、酒の席で美しい月をみるために灯りを消させたという故事である。ここでは、玉の中にいる者を大切に守るスキル。微力ながら回復・治癒の効果もある。
……◆『海底撈月』とは、実現できないことに労力を費やし無駄に終わること。海面に映っている月をすくいあげようとすること(=「撈月」)が語源。「海底に月を撈う」とも読み、同義語には、猿猴取月、海中撈月、海底撈針、水中捉月、水中撈月と数多くあり、みな同じ意味である。ここでは、『愛月撤灯』スキルをさらに強化するもので、敵のスキルが効かず、無駄に終わらせるという強固な防御スキル。
『金烏玉兎』『日進月歩』『旭日昇天』
……前話(第86話)で解説しています!
『蜿蜿長蛇』
……本来、蛇などがうねりながら進む様子を意味するが、転じて、人の列などが蛇のごとく曲がりくねり長く続く様子のたとえに使われるようになった。ここでは単独でも使用可能なスキルで、蛇の妖怪を召喚できるスキル。
『斗折蛇行』
……こちらも本来、蛇などがうねりながら進む様子を意味するが、転じて、川や道などが曲がりくねり長く続く様子のたとえとして使われるようになった。ここでは『蜿蜒長蛇』とのコンボで大蛇を召喚できるスキル。紫水のスキルは妖怪召喚がメイン。
『疾風勁草』
……「疾風」は激しく速く吹く風のこと、「勁草」は強い草のことで、本来、強い風の中でも折れない強い草のこと、または、そういう強い草は強い風が吹いて初めて分かるものだ、という意味。転じて、苦境や厳しい試練にあったときに初めてその人物の強さが分かることのたとえ。ここでは柊龍の風の攻撃スキルまたはサポートスキルであるが、これを使うときは、寡黙で物静かな柊龍の感情が相当高ぶっていることを意味する。
『風前の灯火』※第63話より再掲
……風に吹かれ今にも消えそうな火の意味から転じて、危険が間近に迫り死んだり滅んだりする寸前であることのたとえ。ここでは緑色の風と光で敵を縛り、あとはとどめを刺すだけの状態にするスキルのこと。
『皆既月食』※第54話より再掲
……月、地球、太陽が一直線に並ぶときに起こる現象で、月が完全に地球に入る場合を「皆既月食」と呼ぶ。皆既日食の場合とは異なり、月が見えなくなるのではなく妖艶な赤銅色になる。ここでは勇希が太陽と月を模した光玉を操り、月、敵、太陽が一直線上に並ぶと、敵が透明の球体による攻撃をくらい体の一部がえぐり取られ穴が開く。攻撃が成功すると月玉が赤銅色に一瞬、輝く。
勇希の十八番ともいうべき強力なスキル。ちなみに訓練の時は単に「日食」「月食」にして威力をおさえ手加減していた。
『皆既日食』※第55話より再掲
……太陽ー月ー地球が一直線に並んだときに太陽が月に隠れ、太陽が黒く欠けたように見える現象を『日食』といい、太陽がすべて月に隠れる場合を『皆既日食』と呼ぶ。ここでは『皆既月食』スキルとならんで、勇希の十八番ともいうべき強力なスキルで、太陽玉と月玉の延長線上にいる敵に攻撃をする。『皆既月食』と同様、並んだ時点で空間を削り取るタイプの攻撃も可能だが、本編ではミダスに太陽玉、月玉を操られるのを避けるために、速攻で太陽玉を打ち、月玉を飛ばすタイプの攻撃に切り替えた。
以上となります。




