#86 第85話 一琴一鶴・一陽来復
なんとか2月中に3話目の公開ができました。お待たせしてすみません。初めての方も(Xの動画からの方も)これまでずっと読んでくださっている方々も本当にありがとうございます(´▽`*)
さっそく第85話、はじめます!
──よしっ。完全に凍らせた。僕も完全に凍っちゃったけど……助けがきたら何とかなる。間に合えば僕の勝ち、最悪でも引き分けだ。
だが、目の前で凍りきったアテナを見ながら、葵大に一抹の不安がよぎった。
──たしか、アイツ……。長いスキルを唱えていたよね……。あれは失敗? スキル効果が生じる前に凍らせたから不発……?
一方、アテナの胸中は穏やかではなかった。
──私が……この私が……地上の人類ごときに後れをとったですって……!? こんな屈辱……初めてだわ……。あの子……ただではすまさないから……。
すると、葵大の視界にアテナの周囲を飛ぶ物体が映る。
──えっ!? なッ……!?
凍り切ったアテナの肩に梟が止まる。
梟はホーホーと心配そうに鳴きながらアテナを一瞥すると、再び飛び去った。
──どこかに飛んでった!? 攻撃してくる気配は……ない? 僕への攻撃、可能なはずだけど……あの攻撃じゃ主は助けられないしね。杞憂か?
葵大が安堵したのも束の間、アテナの後方から激しい金色の光が生じた。同時に、ポロポロポロ~ンという神秘的な竪琴の音がフィールドに響く。
──きたッ! 金色の光!? 太陽? ということは……勇希君のスキル!?
だが、光が収まると、残酷な現実が葵大につきつけられた。
──えッ!? だ、だれだ……!? あぁ……。
姿を現したのは、葵大が一目で敵だと認識できる出で立ち──金色の法衣を身にまとった筋肉質の青い肌の男。右手に竪琴を携え、体の周囲では、キラキラと輝く金の粉が舞っている。
男はアテナに歩み寄る。
「アテナ・テア? まさか……死にかけていますか?」
悲壮感漂う葵大や、苛立つアテナとは対照的に、男は平然と穏やかな口調でアテナに声をかける。
「『イッキンイッカク』『イチヨウライフク』」
男が唱えながら金の竪琴を奏で始める。奏でるというよりは、竪琴の方が男の指の動きに合わせて形を変えていく。この時代の地上でも見かけない竪琴であった。
さらに男は日本の古典芸能にある摺り足で移動する。その度に残る男の残像と、周囲を舞う金粉が一層神々しさを醸し出していた。
鳴り響く美しい竪琴の音とともに、ジューという熱で氷が急激に溶けていく音もフィールドに響き渡る。
アテナの体の氷だけが徐々に溶けていく。
アテナは、頭部の氷が半分ほど溶け話せるようになると男に問いかけた。
「あ、あなたは……アポロン・ロポア……どうしてここに?」
「ハハハッ。ゼウス様の命に決まっているでしょう? そうでなければ私は単独行動なんていう命令違反はしませんよ」
「……」
「でも、梟のおかげで探す手間が省けました。さすがですね。『ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ』でしたっけ? 主が死んだり、戦闘不能になった後、自らの意思で活動をし始める。実に聡明な梟ですが……このスキルを使ったということは追い込まれて保険を掛けたという証でもありますよね?」
「……そうね……」
「ちなみに、テア、梟は私を案内した後、またすぐに飛び立ちましたが?」
「おそらく……逃げた連中を追撃しにいったのよ」
全身を凍らせていた氷が完全に溶け切ったアテナに対して、少し厳しい口調でアポロンが問いただす。
「それはそうと、アテナ・テアさん。どうして単独行動してるのでしょう?」
「……話せば長くなるわ。効率よく皆殺しするために弥生梅佳たちをアレスとディオに任せただけよ」
「判断ミスですね。ふたりはもう死んでしまったようです。アレスの死亡時に、お目付け役として僕が地上へ派遣されました。そうしましたら、あなたまで死にかけてるのですから、実にショッキングな状況です」
「えっ!? あのふたりがやられたですって? うそよ」
アテナは目を閉じて、ふたりに念で信号を送る。だが──。
「くっ……」
念を送った際の反応でふたりの状況を察するアテナ。
──この感じ……。アレスだけでなくディオまで……。まさか……!?
「弥生梅佳が倒したってこと?」
「ん……どうでしょう……弥生梅佳も死んだみたいですがね」
「なっ……? 相打ちってこと?」
「そのようですね。でもまぁ、地上の能力者たち、おそるべき成長を遂げているようですから、ありえぬ話ではないでしょう?」
「……ありえぬ話だわ……」
──アレス、ディオという強力な戦力を失わせてしまうなんて……。
アポロンは少し不機嫌そうに葵大の方を指さす。
「テアさん、こちらのお方、燃やしてしまってもよいですか?」
「ダメ、その子は私がとどめをさすわ」
アポロンは微笑を浮かべ語気を強める。
「さきほどから少々口がすぎますね。私が来なければ死んでいた、といいますか、あなたが単独行動をとった結果、全滅していた可能性すらあるという……責任を自覚した方がよいかと」
「……ご、ごめんなさい。私にとどめをささせて……ください」
「ハハハッ。そこまでかしこまらなくても大丈夫ですよ。私はテアさんのことを信頼していますし、テアさんの戦績に土がつくのは本意ではありません。お好きにどうぞ」
「……ありがとう」
アテナは両の掌を胸の前でかざしつつ、凍ったままの葵大へ近づいていく。
ふたりの会話は葵大の耳にも入っていた。
──あぁ……一か八かの賭けに負けたね……。敵の救援の方が先だと引き分けにもならないな……。
──でも……萌莉さんと美伊さんを逃がせたんだ。救援にきた敵も見るからにアテナと同等以上の強さだろうし、僕の選択は間違ってない……。
葵大の脳裏にこれまでのタマヨリこと萌莉との思い出が走馬灯のようによみがえる。
──タマヨリさん……。
──僕、タマヨリさんのこと、本当に大好きだったんだよね……。
──人工知能として生まれたのに、バグだらけのおっちょこちょいな僕は、猫を戦士に選んで……。
──でも、タマヨリさん……。そんじょそこらの人より、よっぽど人らしい猫だったよね……。
──萌莉さんに転生してからも一緒に戦えて。娘さんにも会わせてもらえて……。
──カリンちゃんの猫姿も見てみたかったなぁ……。
──あぁ、どうか、無事に洸さんたちと合流していてほしい……。
頑丈な氷に包まれている葵大の瞳から涙はこぼれない。
──萌莉さん、いや……タマヨリさん……。今まで本当に……ありがとう……。
アテナは葵大のすぐそばにくると、凍てついた葵大の腕や頬に手で触れる。
「なかなかの氷スキルだったわ。そこは認めてあげる。だから、いたぶらずに至近距離から『神工鬼斧』をぶち込んであげましょう」
アテナは広げた両の掌を葵大の胸に向けスキルを放つ。
葵大は観念した──といっても、凍った体ゆえに、歯も食いしばれない、瞳を閉じることもできない。
──くそぉっ……ここまでか……。
ドコンッ──。
アテナの無慈悲な攻撃が凍り付いた葵大の全身をバラバラに──否、粉々にした。
アテナは傷ついたプライドを回復させるべく、意図して葵大を粉々にしたのだ。
粉々になった葵大は青みがかった氷塵となって周囲を舞い、アテナの体にまとわりつく。そしてアテナの体にポツポツと青い斑点をつけていった。
最後までお読みくださりありがとうございます。葵大の覚悟を感じてくださいましたでしょうか?
ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に感謝しております。XではいつものPVの趣向を変えまして葵大の弔いの曲『おっちょこちょいなAIと猫たちのバラード』(作詞:けーすけ、作曲・歌:AIですが)をBGMにしたものとなっております。ご興味のある方はぜひXのPVもご覧ください。
次話で本章が終わる予定です(2話に分かれる可能性が少しありますが)お楽しみに!(*´ω`*)今後ともよろしくお願い申し上げます。
◇語句スキル解説
『ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ』
……哲学者ヘーゲルの言葉。 事態が収束してから新しい知恵が生まれていくという良い意味でも、事が終わってから動き始めるという皮肉めいた意味でも使われる。ここでは主であるアテナが死んだり戦闘不能になった後、梟自身が自立して行動し、主を助けたり、善後策をとるというスキル。アポロンが指摘した通り、データにない新しいスキルを葵大に多用されたため、アテナが万が一に備えて保険を掛けたのである。葵大はかなりアテナを追い詰めていたことになる。
『一琴一鶴』
……一張りの琴と一羽の鶴だけを携行した役人がいた話から、旅支度が簡素であること、転じて清廉潔白な役人のことを意味する。ここでは清廉潔白な状態にする、つまり、敵のスキルを解き、回復させるスキル。
『一陽来復』
……「一陽」は冬から春になる兆しを意味し「来復」は再びおとずれることを意味する。ここから「冬が終わって春が来ること」の意味となるが、転じて「悪い方向の物事が良い方向へ向かうこと」を意味する。ここでは敵スキルの効力を無効化するスキル。『一琴一鶴』にも同じ効力があるが、より強力で、かつ、氷を溶かすという意味にぴったりな同スキルをアポロンはあわせて唱えたのである。
以上となります。次話は3月15日以降となりそうですが3月も最低3話(8000字~9000字)は更新したいと考えています(*´ω`*)お楽しみに!




