#76 第75話 窮鼠猫を噛む再び・大黒天の使い
長らくお待たせしてして申し訳ないです。Xではある程度事情を説明していますが、なろうの活動報告にも後程アップしたいと思います。咳喘息から肺炎までこじらせた風邪に手こずり、その後、別の呼吸器官系の疾患も判明していろいろありました。本章のストーリー自体は完結まで完成していますので、挿絵が完成次第、どんどんアップしていく予定です。
では第75話をはじめますm(_ _)m
アレスが力ない声で言う。
「ふはは……虫の息、だな……すぐ楽に、してやるぞ……」
「……強がるでないわ、アレス……貴様も……かなりの、深手……じゃろう……読みを外したな、貴様が焦っておるのが、分かるぞ……」
アレスは、剣と右腕を失っただけでなく、右脇腹までえぐり取られたせいで、梅佳と同様、立っているのがやっとの状態であった。
だが、アレスも梅佳も根っからの戦士気質。ともに闘志は消えていなかった。
「攻撃って……梅佳ちゃん……」
「アレじゃ……鼠を、出せ……」
「でも訓練で一度も……」
「今なら……出せる……はずじゃ……」
「……」
「出せなんだら……わらわもカリンも……ここで終わるぞ……」
「……」
カリンは梅佳の足元に広がる尋常じゃない血だまりを目にする。
──梅佳ちゃん……傷がひどいんだ……。
──なんとかしなきゃ……お願い。来て。
カリン両の掌を胸の前で上下に構え、スキルを唱える。
「『窮鼠猫を噛む』!!!」
だが、何も起こらない。
カリンは今にも堰を切りそうな涙をこらえつつ、力ない声で言う。
「ど、どうして……出てよ。助けに来てよっ。このままじゃ、梅佳ちゃんが死んじゃう。ヤダ。来て、来てよ……」
カリンはもう一度、声をふりしぼり叫ぶ。
「『窮鼠猫を噛む』ぅう!!!」
悲壮な表情のカリンの声がフィールド内にむなしく響きわたる──。
「ふは、ふはは……」
アレスはカリンがスキルを出せないことに気付き、ふらつきながらも梅佳の方へと歩み寄る。
それを見たカリンは梅佳の元へと駆け寄った。
「あ、あたしが闘うっ」
声を荒げながら、梅佳の前で身構え、アレスと対峙する。
そのとき──。
「『赤手……空拳』ッ」
カリンの頭上を飛び越えた梅佳が、勢いそのままアレスに殴りかかった。
『赤手空拳』スキルで体術を強化した梅佳の右拳が、ドゴンッとアレスの胸部に炸裂する。
だが、後方へ吹っ飛ばされかけたアレスはすぐに体勢を立て直し、応戦する。
「『我武者羅』!」
アレスは、雑兵アレス達に放ったスキル『我武者羅』を自身に素早く放つ。左腕に青い光が灯る。
自身に放つ『我武者羅』には体術も含めた攻撃力をアップさせる効果があった。
もともと体術にも長けた両者が、さらにスキルで体術を強化させたため、激しい打ち合いが始まる。
ともに溜めが必要な大技は出さない──というより、出せない。それでも、両者ともに大きなダメージを負っているとは思えぬほどの打ち合いが続く。
だが──。
ドガンッ──。
肉を撃つ大きな衝撃音がフィールドに響き渡る。
「梅佳ちゃんっ!!!」
体格やリーチで勝るアレスの拳がカウンター気味に梅佳に炸裂したのだ。
吹っ飛ばされた梅佳の体がドサッと地面に落ち、そのまま梅佳は意識を失った。
梅佳に近寄りながら、アレスは左拳に力をこめる。
「剣のない、手負いの俺だと……打ち合いで勝てると、思ったか? やはり、足手まといを守ろうとすると……貴様ほどの、手練れでも……判断が鈍る、ものだな……」
梅佳にとどめを刺そう近づいていくアレスの姿がカリンに絶望感を与える。
「い、いや。ダメ。やめて……」
カリンは倒れた梅佳の方へ駆け寄ろうとする。
「やだ、やだ、やだ……やめてぇ」
そのとき──。
「カリンっ! ダメじゃ! 攻撃じゃっ! 鼠じゃっ!」
「カリンちゃん、ヘラ・ラヘさんの言葉、思い出して」
「!?」
突然、梅佳の叱咤する声や萌莉の助言がカリンの耳に入り、カリンは立ち止まる。
──梅佳ちゃん!? 萌莉!?
カリンは伏したまま動かぬ梅佳を見る。さらに周囲を見渡すが萌莉もいない。
──空耳……!?
それでも、絶望の淵にいたカリンは我に返ることができた。
──あたし……絶対諦めないって、偉そうに言ったんだ……。
──梅佳ちゃんを守れるの、あたししかいないんだっ。
カリンは深呼吸するように息を大きく吸い込んだ。
「『窮鼠、猫を噛む』ぅう!」
カリンが両の掌を胸の前で上下に構えると、ブーンという音とともに水色の光が灯る。
「!!!」
水色の光は球状に膨張していく。それにつれて光は強さを増し、バスケットボール大の球体が形作られていった。
「ぬっ?」
アレスは足をとめ、カリンの方を向く。
パーンッ──。
大きくなった水色の光の玉が弾けるように割れると中からネズミが現れた。
ネズミは宙に浮いたままカリンに声をかける。
「カリン、来たゾィ。久しぶりだゾィ」
「遅いよっ! はやく力を貸してっ!」
「任せろゾィ。アイツだな」
といったにもかかわらず、宙に浮く鼠はアレスの方を見て顔をしかめた。
「ちょ、ちょっとまって……アイツ……あれだけのダメージを受けているのに……めちゃ強いゾィ」
「えっ!? う、うそ!? 勝てないの!?」
「だ、大丈夫だゾィ。レベルマックスなら、手負いのアイツの方はなんとかなるゾィ」
「お願いっ。倒してっ」
アレスの後方で悠長に観戦しているディオは、ネズミとカリンのやり取りを聞き逃さなかった。
──いやぁ~実に面白い鼠だねぇ~手負いのアイツの方『は』ってねぇ~アレス君には勝てるけれど僕には勝てないと自覚してるんだねぇ~ご立派、ご立派。
──褒めてやりたいところだけれど、僕は、ネズミが大嫌いなんだよね~農作物を食い荒らすからねぇ~。
不敵な笑みを浮かべつつ、アレスの手助けをする気もなさそうに、また深く腰を掛け直す。
ネズミは空中に浮いたまま、唸り始めた。
「ウウウウウウウウウウ……」
ネズミの体から白煙が噴き出し、あっという間にネズミの全身を覆う。
「レベルマックス……」
カリンは自身のスキルとはいえ、未だ目にしたことのないレベルマックスのネズミに一抹の不安を覚えていた。
──前より大きな巨大鼠になるの……!? 自信なさげだったけど……!?
白煙の中心部から神々しい白光が四方八方に広がっていく。
カリンだけでなく、アレスもディオも刹那、白光に目を奪われる。
シューッと白煙が消えていくにつれ、眩い白光もおさまっていった。
カリンの目の前に現れたのは、上から下まで真っ白な法衣をまとった男。顔は人と鼠がまざったようで、耳は鼠の耳だが、その他は人の顔をしている。腕や手は黒いが、その爪は鋭い刃のごとく尖り、右手で鞭のようになった長い尾を掴んでいる。
かつてハーデスを倒したレベル三の巨大鼠に比べるとはるかに小さく、アレスと大して変わらない背格好であった。
「カリン様、お初にお目にかかります。この度は、お望みのタイミングで参ることが できず申し訳ありません」
「……」
ハーデス戦のときのような巨大な鼠が出ると思っていたカリンは目を疑う。
「ち、小さい……」
「はっ! カリン様。大丈夫でございます。私は大黒天の使い、ネズミの化身。名を白鼠と申します。レベルマックスの強さゆえ、ご安心くだされ。私があの敵を倒してみせましょう」
かしこまった物言いをする鼠の化身に、思わずカリンもかしこまって答えた。
「……お、お願い……します……」
最後までお読みくださりありがとうございます。ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に感謝しております!今後ともよろしくお願い申し上げます。
□語句スキル解説
今回はスキルではなく、窮鼠猫を噛むスキルで召喚されるネズミのレベルマックス形態についての説明になります。
大黒天とはヒンドゥー教のシヴァ神の異名であり、これが仏教に取り入れられ、七福神の一柱とされています。豊穣の神で、作中のディオ(ギリシャ神話の豊穣の神ディオニュソスの末裔、ローマ神話ではバッカスと呼ばれる)と同種の神。
大黒天の使いとされるのが福をもたらす白鼠であり、それが人の姿となって登場しています。
この白鼠の力は次話で明かされます。お楽しみに!
※当作品は教材として制作している面もありますので、造語は人の名前以外にほとんど使用していません。大黒天もその使い白鼠も造語ではありません。




