#73 第72話 水泡に帰す・トカゲの尻尾切り
ずっと読んでくださっている方々も初めてお越しの方もありがとうございます!
さっそくですが第72話はじめます!(*´ω`*)
梅佳が地面と水平に円を描くように左腕を一振りすると、残像が紅色の光の帯を描きスルスルと伸びていく。敵の方へではなく、カリンたちの方へ──。
「「えっ!?」」
「「なにっ!?」」
光の帯はカリンや萌莉たち四人の体にまとわりついていくと、さらに四人を包み込むように大きな球状へと変化していく。
「なに、これ……」
「梅佳ちゃん!?」
「何!?」
「まさか……!?」
敵も動く──。
水色短髪の男、アレス・レアが戦士の姿へと変わっていく。右手に水色に光る大剣を所持し、剣先を梅佳に向け構える。
「『兵貴神速』」
アレス・レアが唱えると一瞬にして梅佳の左腕の肘から下がぶった切られ、後方へ吹き飛ばされた。
「ぐぬっ」
──は、速すぎる……わらわでも見えぬ斬撃か……まずい、やはりこやつら、ただ者ではない……。
紅色の球体に閉じ込められた格好となっている四人は突然の事態にただ驚くほかない。
梅佳は険しい表情で四人に告げる。
「敵襲じゃ……遠くまで飛ばすゆえ……そなたらは洸たちと合流するのじゃ」
梅佳は残った右拳で、四人を包み込んでいる紅色の球体を殴りつける。敵とは逆の後方に向けて。
ドゴンッという爆音とともに、紅色の球体は猛スピードでビルの壁を透過し外へ飛んでいった。
「うおぉっ」
「梅佳さん!?」
「どうして!?」
「梅佳ちゃん!?」
球体の内部にいる四人は口々にスキルを唱える。だが──声は出せても紅色の球体から外へは出られない。
「KAYA! 『血となり肉となる』」
梅佳は即座にビルの二〇階全域にバトルフィールドを設定し、なおかつ、左腕の止血のために回復スキルを唱えつつ間合いを十分にとる。
──なんとか皆を逃がせたが……もう一発撃たれたら終わりか……い、いや待て。わらわの首をはねたら即死であったはず……。なぜ腕を狙った?
あれこれ思考を巡らせながらも、梅佳は三人を睨みつけ虚勢を張る。
「おぬしら、地底人じゃな? かなりの手練れのようじゃのお」
三人のうちの紅一点、藤色長髪のアテナ・テアも、その容姿を白い法衣姿へと変えながら、梅佳に語り掛ける。
「弥生梅佳……さすが元全知全能のAIね。瞬時に力量の差を見極め、全滅を回避すべく仲間を逃がす……。あっぱれだわ。貴女のような強者と出会えて光栄よ。私の名はアテナ・テア。正義の戦いの女神アテナの末裔」
「テアよ。弥生梅佳は俺が仕留める。やつらを追いかけろ」
アレスが早口で伝える。
「……そうね、分散するのはどうかと思ったけれど、まぁ、残りの四人なら私一人で万が一にも敗北はないでしょう。ここはディオもいるから、私は残りを仕留めに──」
「ま、待て。そなたら三人まとめてわらわが相手じゃ」
「フフッ」
笑みをこぼすアテナの傍らで、アレス・レアの体から青や空色の火炎がボワッと舞いあがる。
「ふはははっ。強がるな。貴様、さきほどの俺の攻撃、見えてなかっただろう? 一対一でも敗北は免れられぬぞ」
「わらわを見くびるでない。足手まといになる仲間を逃がすのに腕一本なら安いものとふんだまでじゃ。それに、わらわを仲間に引き入れるつもりもあるのじゃろう?」
「ほお、察しがいいな」
「さきほどの一撃……殺す気があれば頭や首を狙えばそこで終わりじゃった。そうしておけば、他の仲間も逃がさずにすんだはずじゃ」
「ふはははっ。確かに、おとなしく仲間になるならありえる選択肢のひとつだ。だが、残念だったな。貴様を仲間にする命は受けていない。ここで貴様を殺すかどうかは我らの意思次第だ」
「そうか、であれば、闘うほかあるまい」
梅佳はアレスたちから距離を取り、構える。
アテナ・テアが静かに告げる。
「弥生梅佳、貴女と一戦交えたかったのですけれど、貴女以外は皆殺しが至上命令なの、貴女の相手はこのふたりに任せることにするわ」
「ま、待て」
「レア、ディオ、逃げられることがないようにね、フフッ」
アテナ・テアは言い残し、粒子の粉となって姿を消した。
梅佳の顔が刹那、くすむ。
──くっ……時間稼ぎをして、逃げることまでお見通しというわけか……なんとか洸たちと合流してくれたらよいのじゃが……。
梅佳はアレスを指さし、再び睨みつける。
「では、そなたが相手じゃな。早急に倒して、アテナ・テアとやらを追いかけるとしよう」
「ふはははっ。虚勢を張らずともよい。貴様はやはり有能な戦士なのだ。我らには束になっても勝てぬと見抜いているのだろう。さぁ、最後通牒だ。仲間になる気は無いか?」
「ふんっ。人類を滅亡させようとしているそなたらの仲間になるわけがなかろう」
──とはいえ、あやつの攻撃……スキルを唱えた後、微動だにせず斬撃がくる。感情の揺れもない。真の地底人はここまで次元が異なるのか……謎が解けぬかぎり勝てぬ……。
「そうか、ならば、ここで死んでもらうぞ」
アレス・レアが構えたそのときだった。
「『水泡に帰す』『トカゲノシッポキリ』!」
梅佳の後方から声がするや否や、アレス・レアに向かって大量のシャボン玉が飛んでいく。
「なんだ!?」
「えっ!?」
──こ、この声……このスキル……。まさか……。
突然出現したシャボン玉を意に介さず、アレスは再びスキルを唱える。
「無駄なことを……。『兵貴神速』」
すると、パチパチパチパチパチパチンッとシャボン玉が割れ、消えていく。
アレスと梅佳を結ぶ直線上のシャボン玉だけが消えていく。
見えない斬撃の軌道をシャボン玉が示したのだ。
それでも梅佳はかわし切れない。
──間に合わぬ……足一本やられる……。
ブチッ──。
肉が断ち切られる音のあと、切られた物体が地面に落ちる。
ドサッ──。
「なんだと!?」
声を上げたのは梅佳ではなく、アレスの方だった。
梅佳が音の方へ目をやると、自身の足ではなく、黄緑色の物体が光の粒子をまき散らしながら、ピクピクと動いている。
そばには大きなトカゲのような──トカゲというよりはカメレオンといった方が良いような、黄緑色のかわいい爬虫類が梅佳を見ていた。
──こやつの尻尾が身代わりになったのか!?
間もなく、切られたトカゲのしっぽの切断面から光の粒子が噴き出し、収束していく。新しいしっぽが生えたのだ。
「梅佳ちゃんっ」
梅佳が声の方へ振り返ると、カリンが凛として構え、立っていた。
カリンの背中には透き通った蝶の羽が生え、ゆっくりパタパタと羽ばたいている。
「カ、カリン……なぜじゃ……なぜ戻ってきたのじゃ……」
梅佳の表情が曇る。
カリンは梅佳を真剣な眼差しで見つめながら声を上げた。
「梅佳ちゃん、ひとりで闘うのはダメだよ。ダメ。認めない」
そしてうったえるように続けた。
「あたしたち、友達でしょ? パンケーキ食べに行くって約束したじゃん」
梅佳は刹那、言葉に詰まった。
今まで経験したことのない、言い表すことのできない感情が梅佳の胸にこみあげていた。
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□語句・スキル解説
『血路を開く』
……敵の包囲から逃れるという意味から転じて、困難な状況を解決する方法を見つけること。類義語に「活路を開く」もある。ここでは格上の敵から仲間を逃がすためのスキル。血の色に染まった球体に仲間を包み込んで、球体ごと飛ばして逃がすのだが、球体が飛んでいく残像が赤い線を描く。攻撃過多の梅佳が仲間を逃がすためのスキルを開発したのはやはり仲間への愛からである。
『天涯地角』
……二つの地点が遠く離れていること。「天涯」は空の果てを「地角」は大地の果てを意味する。ここでは『血路を開く』スキルで飛ばす球体をさらに遠くまで飛ばすために唱えた。
『水泡に帰す』
……努力したことが水の泡のように消えること。ここでは敵の攻撃を無効化するスキル。だが力の差があるときは完全に無効化しにくい。カリンは過去のバトルでも使っているが、質より量でカバーしようと大量のシャボン玉を出現させた。カリンは無効化する意図であったが、アレスの斬撃の威力が大きすぎたため、斬撃の軌道を示すにとどまったが、これにより梅佳は即死を免れた。
『トカゲの尻尾切り』
……組織や集団において上の者が下の者に責任を転嫁して自身の責任を逃れることを意味する。ここでは本来受けてしまうダメージをトカゲの尻尾に代わりに受けてもらうスキル。トカゲの尻尾は切られても生えてくるが、生える回数は未知数。受けたダメージの大きさによっても変わる。カリンは『水泡に帰す』で攻撃を完全に無効化できない場合に備えてこのスキルも発動させていた。
以上です!
次話では成長したカリンと梅佳がタッグを組んでアレスを翻弄する!?
果たして、梅佳とパンケーキを食べに行く日がカリンに訪れるのであろうか?
お楽しみに(*´▽`*)




