#64 第63話 風前の灯火・狐の嫁入り
ずっと読んでくださっている方々も初めてお越しの方もありがとうございます!
さっそく第63話はじめます!
紫の少年テウメッサの指から放たれた青紫色の火炎は、ヘパイストスの体に触れると、ジューっという音とともにすぐに消えていく。
ヘパイストス自身も火炎が触れたことに気付いていない。だが、突如、ヘパイストスは振り上げた拳を明後日の方向へと放った。
自身に何が起きているのか分からないまま拳を振り上げては誰もいない見当違いの方へと打ち抜く。
ヘパイストスは『狐につままれる』スキルの効果で正常な判断能力を奪われ、混乱していたのだ。
──いったい、何をする気なの……?
久愛は敵陣営が何をしようとしているのかがさっぱり分からず、その不安感がかえって恐怖心を煽った。
続けて、緑の少年アイオロスも右の人差し指を立てながらスキルを唱える。
「『フウゼンノトモシビ』」
アイオロスの手や体から、緑の光が風と共に発せられる。
アイオロスも、洸たちにではなく、ヘパイストスに掌を向けた。
つむじ風のごとく舞う緑の光が、縄のようにヘパイストスにまとわりついていく。
「う、うがあっ、うごおっ」
混乱しているヘパイストスはただ呻き声を上げるのみであった。
その巨体を、アイオロスが放った光の縄が締め上げ、身動きを奪っていく。
『風前の灯火』の語義通り、ヘパイストスの命は消される寸前まで追い込まれている格好となっていった。
洸とアヤトは激痛と焦燥があわさり、久愛以上に目の前で起きていることの意味が理解できないでいた。
さらに追い打ちをかけるように、テウメッサが右の掌を頬の前で広げ唱える。
「『キツネノヨメイリ』」
テウメッサの指から紫色の火炎と煙が立ち上る。
紫色の煙がヘパイストスの頭上へと舞い上がり、紫色の雲へと変化していく。
テウメッサが指をパチンと慣らすと、ヘパイストスの頭上へ紫色の大雨がざあざあと降りそそぎ始めた。
ジュー、ジュー──。
「うがああああああ。な、なんだああああああ、この雨はっ」
大声をあげるヘパイストスの巨体は雨に触れたところから煙をあげる。皮膚はただれ、溶け始める。
「ま、まさか、テウメッサ、アイオロス、お前ら……裏切る気か!?」
毒雨の痛みで我に返ったヘパイストスが声を荒げる。
「ふんっ」
テウメッサは鼻息を吐く。
──正気に戻ったか……。
「……」
アイオロスは表情を変えず黙っている。
「なめんじゃねえぞお、ゴルァッ──」
ヘパイストスは全身に力を入れ大声でスキルを唱える。
「『タンヤケンマ』!!!」
ヘパイストスの体が刹那、青白く光ると、溶けた部位がみるみるうちに元に戻っていった。
「フンッ」
さらにヘパイストスは全身に力を入れる。
すると、頭上や周囲に立ち込めていた紫の煙が吹き飛ばされていった。続けざま自身を締め上げているアイオロスの緑の縄をぶち切ろうとするが──。
「ぐっ……きっ、切れねえ……おいっ、アイオロス、この縄を解け。今なら許してやる」
「……」
アイオロスは何も答えない。代わりにテウメッサが答える。
「縄は解かない。潮時だ。あんたにはここで死んでもらう。もとより、俺たちはお前らの仲間になったつもりはない」
「……」
アイオロスは依然口をつぐむ。
「お前ら、何が望みだ。いつからこんなことを企んでいたんだ?」
ヘパイストスが問いかけるが、ふたりとも何も答えない。
洸たちもただ息をのんで状況をみているだけであった。
だが──。
そのとき、洸はテウメッサに一抹の懐古の情を覚えた。
洸の気持ちに応じるかのように、テウメッサも洸の方へ目をやる。
互いに言葉は交わさない。だが、洸はテウメッサの意思が通じたかのようになすべきことが頭に浮かぶ。
──ここで僕がとどめをさす。そういうこと……なんだよね……?
洸はふらふらしながらも立ち上がり、折れていない方の右拳を握りしめる。
洸の方を向いたまま、テウメッサはコクッと小さく頷いた。
「『獅子奮迅』っ!」
ヘパイストスに向けた右腕から青紫色の火炎が生じ、いつものごとく複数の獅子を象っていく。
だが、咆哮する獅子たちは、リーダー格の獅子を一頭残し粒子の光となって吸収されていく。
吸収される都度、体が巨大化していき、やがて、獅子の頭だけを残し首から下は人の体という獣人へと変貌した。
何も身にまとわない上半身はヘパイストスに勝るとも劣らないほど厚い筋肉で覆われ、下半身は白い布を巻いている。
「強化した新しい『獅子奮迅』ね」
久愛が声を上げる。
「特訓のときよりすげえじゃねえか……」
折れた右腕を押さえながら、アヤトも声をもらす。
──人型の獅子……実戦では初めてだけど……イメージ通りにできてるぞ。
手ごたえをおぼえた洸に獅子が問いかける。
「我が名は獅子王。我を召喚した葉月洸乃介よ。我の役目はあの大男を倒すことで相違ないな?」
「うん。そいつを倒すんだ」
「承知した」
獅子王はそういうと、依然身動きが取れないヘパイストスの方へ駆け出す。ドスンッドスンッと巨大な足が地を踏むたびに爆音が響き、地面は揺れ、土煙が舞う。
「アイツと同じくらいの背丈……か?」
「すごいね、私達の倍近くあるよね」
アヤトと久愛が言葉を交わしている間に、獅子王はヘパイストスとの間合いに入っていた。
「貴殿と打ち合えないのは残念だが、その代わり苦しまずに葬ってやろう」
「うるせえっ」
ヘパイストスはもがくが、もがけばもがくほどアイオロスの緑の縄に強く締め付けられていった。
ゴォーーーーーーーーーー。
獅子王は地響きのような咆哮を上げながら右拳を振り上げる。青い光が獅子王の全身を包む。
バゴンッという爆発音が響き、高く舞い上がった土煙がヘパイストスと獅子王の姿を覆い隠した。
「ぐああああああああああああああああっ」
ヘパイストスの断末魔の叫びだけが響く。
土煙が晴れると、巨大な一撃を放った獅子王が悠然と構えていたが、ヘパイストスの方は上半身がなくなっていた。残った下半身も粒子の粉となって徐々に消え去っていく。
「すごい……」
「すげぇ……一発かよ……」
久愛とアヤトが声をもらす。
「倒せた……」
洸は実戦で初めて試した獅子王の力を目にして、達成感と安堵感に包まれる。
「これで我が使命は果たせたようだな。ではまた必要があれば呼ぶが良い」
そう言い残しながら、獅子王はブーンと消えていった。
それと同時に、遠くから洸たちを呼ぶ勇希の声に洸たちが気付く。
「せんぱいっ。大丈夫っすか?」
洸たち三人が勇希の声の方に目をやっている間に、テウメッサとアイオロスのふたりはその場を去るべく姿を消した。
最後までお読みくださりありがとうございます。ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、かなり励みになっていまして、本当に感謝しております。今後ともよろしくお願い申し上げます。
【語句スキル解説】
□『狐につままれる』
……本来は、狐に化かされるの意。「つつまれる」は誤用。この意から転じて、意外な事が起こり、わけもわからずぽかんとすることをいう。ここでは敵を混乱させるスキル。これによりヘパイストスは見当違いの方向へパンチを打っている。
□『風前の灯火』
……風に吹かれ今にも消えそうな火の意味から転じて、危険が間近に迫り死んだり滅んだりする寸前であることのたとえ。ここでは緑色の風と光で敵を縛り、あとはとどめを刺すだけの状態にするスキルのこと。
□『狐の嫁入り』
……晴れているときに降る雨のことを意味する。もとは狐火が並ぶ嫁入りをさし、狐が人を化かすことと相俟って使われるようになった言葉。ここでは毒の雨を降らせるスキルだが、晴れているときにしか使えないという縛りもある。
□『鍛冶研磨』
……鍛冶は「かじ」とも読み、金属を鍛えること、研磨は磨きあげることから転じて、人が心身や能力、技術を鍛えることを意味する。切磋琢磨とほぼ同義。ここでは鍛冶の神ヘパイストスにちなんだスキルで、自身を回復させたりパワーアップしたりするスキル。これによって毒雨のダメージを回復したり、毒雨を降らせる雲を吹き飛ばすことには成功したが、光の縄を解くには至らなかった。
□『獅子奮迅』新Ver.
……荒れ狂う獅子のごとく激しく奮闘するさまを意味し、ここではライオンを召喚するスキルであったが、洸はさらにスキルを強化させ獅子王を召喚させるスキルにまで成長させた。
以上になります。いつもここまで読んでくださっている方々、死ぬほど感謝していますm(_ _)m引き続き、楽しんで頂けますと幸いですm(_ _)m
果たしてテウメッサとアイオロスは何者で、いったい何が目的なのか、次話以降で明らかになっていきます!
ぜひお楽しみに(*´▽`*)




