#50 第49話 窮鼠猫を噛む・青藍氷水
初めての二話同時更新です。さっそく第49話始めます!
「『ヨミジノサワリ』っ」
ハーデスが唱えるとハーデスと鉄砲水の間に無数の黒い壁が現れる。
だが、鉄砲水は『黄泉路の障り』スキルで作った壁を破壊しながら勢いそのままにハーデスへと向かっていった。
「ちっ。防げぬか」
ハーデスはすぐさま次の手を打つべく、自らの両拳を胸の前で合わせる。
「『ジゴクノサタモカネシダイ』」
ハーデスの両拳に金色の火炎が灯る。そして水流を受け流すべく身構えた。
一方、鉄砲水の勢いは衰えるどころか、さらに増してハーデスへと向かう。
ザッバーン──。
「ぐぉおおおおおおおおおおおっ」
ジュジュ……、ジュジュ……。
葵大には手応えがあった。確かにハーデスにぶち当たった。だが──。
水流はハーデスの腕にぶち当たると向きを変え、消失していく。
水流が完全に消えると、両の肘から下を失ったハーデスの姿が葵大たちの目に入った。
『地獄の沙汰も金次第』スキルは金色火炎と引き換えに敵のスキルを思い通りにかわせるスキルであったが、葵大の『鉄砲水』スキルの威力が強大であったため、両腕まで代償を払う形となったのだ。
「くそっ。両腕だけか……」
ハーデスを仕留め損ねた葵大は落胆する。
他方、ハーデスはこれまでにない憤怒の形相で声を荒げた。
「お前らぁ~マ、ジ、で、許さねえ~、ここまで追い込まれたことは後にも先にも無ぇぜ~、褒めてやるぜ~、褒美に存分に苦しませてからあの世に送ってやるからな~」
だが言葉とは裏腹にハーデスの足取りには力がない。
──『鉄砲水』であの程度のダメージしか与えられないなんて……もう打つ手がない……。
「カリンさんっ! 逃げてくださいっ!」
「ヤダっ!」
「ママのタマヨリさんと僕は一心同体だったんだっ! 僕は死んでもタマヨリさんを守るからっ」
「ダメっ! ママも誰も殺させないっ!」
向かってくるハーデスをキッとにらみつけるカリン。
──どうする!? 萌莉さんとカリンさん、美伊さんの三人とも助けるのは難しすぎるぞ……。
葵大はおっちょこちょいとはいえ、頭脳明晰な人工知能だ。試算した結果、三人とも助けられる可能性がかぎりなくゼロに近いことは察していた。
だが、誰も殺させないと叫ぶカリンの姿は、かつてのタマヨリの雄姿と重なった。
──やはり、カリンさんはタマヨリさんの血を受け継いでいるんだ……。でも……。
焦る葵大とは対照的に、カリンは怖気づくことなく、ハーデスに向けて構える。
「もう誰にも指一本、触れさせないっ! あんたなんかに絶対負けないっ!」
「あぁん、お前に何ができる?」
──昔、ママに教えてもらったことがある諺。思い出したよ。ママ。
カリンは大きく深呼吸すると、胸の前で両の掌を上下に構えた。
「『キュウソネコヲカム』ッ!」
カリンが唱えると、両の掌の間にバレーボール大の水色の光玉が生じる。
カリンが右の掌を空に向け掲げると、水色光玉はカリンの顔の前でもこもこと変形していった。
「カリンさん、いったい何のスキルを……?」
葵大は何が起こるか読めず、ただ息をのんで見守っている。
カリンは、猫だった頃、追い詰めた鼠に思いっきり噛みつかれたことがあった。
その時、母タマヨリが教えてくれた言葉──「『窮鼠猫を噛む』と言ってね、追い詰められた者は予期せぬ大きな力を出すことがあるの、だから最期まで油断は禁物ってことよ」
──今は私たちが窮鼠。だから鼠をイメージする。アイツを倒してくれる巨大で強い鼠を。
カリンの頭上にあった水色光玉がイメージを具現化し、鼠の姿を象っていく。
「なんだ? それぇ?」
ハーデスは、カリンの目前に現れた、カリンの頭くらいの大きさの鼠を見て揶揄う。
「カリン、ボクヲ呼ンダトイウコトハ、大ピンチチュー?」
「……」
現れた鼠が小さくかわいらしい鼠であっただけでなく、まるで旧知の仲のように馴れ馴れしく、おまけに間の抜けた言葉を発したことにカリンは愕然とする。
「フハハハハハ。付け焼き刃のスキルか? 残念だったな~今度こそ終わりにしてやるぜぇ~『万死一生を顧みず』『死生命有り』『冥土の土産』~」
ハーデスは待ちきれぬとばかりにスキルを三つ一気に唱えた。
だが、両腕がないからなのか、ダメージが大きいからなのか、ハーデスの青黒火炎の出力はかなり落ちていた。
──ちっ。時間がかかりやがる。まぁ、あんなゴミに何もできんだろうがな~。
「……ア、アイツをやっつけてよっ!」
躊躇いながらもカリンは命じる。
「オヤスイゴヨウダゾィ。レベル三クライデ倒セソウダゾィ」
鼠が体に力を籠めると、その全身が毛を生やしながら膨れ上がっていく。
かわいい四肢も大きくなるにつれ毛に覆われて大きくなる。
鼠は、卯月邸の敷地いっぱいに張ったバトルフィールドにおさまりきれないほどの大きさになると、もはや鼠という言葉が似合わないほどの凶暴なモンスターと化した。
「なにぃ!!!」
ハーデスの顔に焦燥の色が走る。
「そうかっ!『窮鼠猫を噛む』だ! めちゃくちゃ大きい鼠になったぞ」
葵大は即座にスキルを唱えた。
「『セイランヒョウスイ』ッ!」
葵大が胸の前で両の掌を揃え、上に向けると、青白い光の粒子を放つ玉が生じる。
続けて葵大がカリンの作りだした巨大鼠に向け、再び右手で銃の形を作り構える。
「カリンさんっ! サポートするよ!」
青玉は弾丸に姿を変え、人差し指の先に装填されるがごとく灯った。
「カリンさんっ! タマヨリさんを超えるんだっ!」
葵大の右手から青い弾丸が放たれる。
ハーデスに襲い掛かる巨大鼠に青い弾丸が命中すると、巨大鼠の全身が青く輝いた。葵大はただでさえ強靭そうな巨大鼠をさらにパワーアップさせたのだ。
「「いっけえええええええええええええええええええええ」」
カリンと葵大の大きな声が重なりあって響く。
巨大鼠は右の前足でハーデスを殴りつけると、すぐさま左の前足で捕まえ、ハーデスの全身を両前足でグッと力強く握る。
「ぐああああああああああっ」
巨大鼠は、大きな口を開け、呻き声を上げるハーデスを丸飲みすると、体の中心付近から眩い光を四方八方へと放ちながら、バチンッと弾けるように消えていく。
同時に、ハーデスも跡形もなく消え去った。
「……やった……やったよっ! カリンさんっ! すごいスキルだっ」
──『青藍氷水』も試せたし。そういや『出藍の誉れ』?『青は藍より出でて藍より青し』だったっけ? タマヨリさんも使ったよね。
歓喜の声を上げる葵大を尻目に、カリンは勝利の喜びをかみしめることもなく、急いで美伊のもとに駆けよる。それに気づいた葵大も慌てて美伊のところへ駆けていった。
ハーデスの槍が消えて落ちてくる美伊を二人で受け止めると、そのまま萌莉の傍まで連れていき、横にすると回復スキルを唱え始めた。
必死に萌莉と美伊を回復させているカリンの姿は、再び、かつてのタマヨリの姿と重なった。
──カリンさんも、タマヨリさんと変わらず、すごい猫……いや、人? ん……どっちだ?
葵大は萌莉とカリンを眺めつつ、フッと笑みをこぼす。
──どっちだって……いいよね。
葵大、カリンたち四人の上では、先ほどまでの暗い空が真っ青に晴れわたっていた。
二話一気に読んでくださった方、長かったと思いますが最後までお読みくださり本当にありがとうございます。ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に励みになっています。今後ともよろしくお願い申し上げます。
□語句スキル解説
『黄泉路の障り』
冥土へ行く際の支障となるもの、成仏する妨げとなるものを指して使うことば。「黄泉路の妨げ」ともいう。
ここでは敵スキルに対して防御壁を出現させるスキル。
『地獄の沙汰も金次第』
閻魔による地獄の裁判も金を出せば有利になるという意味から、この世は金の力ですべてのことがどうにでもなることのたとえ。
ここでは金色の火炎と引き換えに敵スキルをどうとでもできるスキルのこと。
ハーデスは葵大の鉄砲水スキルの威力が強大であることを察して水流の向きを変えるだけに徹したが、それでも両腕を失うこととなった。
『窮鼠猫を噛む』
追いつめられた鼠は猫に噛みつくこともあるとの意味から、弱い者も追いつめられると強い者に反撃することもあるということ。
ここでは窮地に立っている条件のもとで強い鼠を召喚するスキル。レベル三にしてハーデスを余裕で倒すほどの強さなので今後が楽しみになるスキルですね。(ネタバレ防止のためここまでといたします。)
①『青藍氷水』
②『出藍の誉れ』
③『青は藍より出でて藍より青し』
④『氷は水より出でて水よりも寒し』
①~④はすべて同義で、弟子が師匠より優れた者になることのたとえ。
ここでは、実力が下の者が実力が上の者を超えた力を発揮できるようにするサポートスキル。
葵大はカリンが母タマヨリを超える力が発揮できるようにイメージした。
以上です。




