#49 第48話 氷山の一角・元の木阿弥・鉄砲水
新年初更新ですが、元旦から大変なことが起きました。令和6年能登半島地震でお亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。そして現在も避難所等で大変な思いをされている被災者の方々、まだ私たちは現時点で寄付しかできない状況ですが自分のできることで一日も早くご支援ができるように考えております。この創作活動もいつから再開するか正直迷いましたが、当初の決意表明に従い、完結まではできるかぎり同じペースで続けることとしました。創作活動と並行して自分にできる被災者の方々への支援活動も行ってまいります。
さて、本章が次話で完結と案内しておりましたが、いろいろと改稿を重ねた結果、文字数が5000字を越えてしまいましたので2話に分けることとし、第48話と第49話の2話分を同時に更新することとしました。挿絵は第48話12枚、第49話10枚で合計22枚となりました。手前味噌で恐縮ですが、ポセイドンの章末と並ぶ力作となりましたので楽しんで頂けますと嬉しいです。
では第48話、はじめます!
その時、何者かがフィールド内に飛び込んできた。
「『ヒョウザンノイッカク』っ!」
スキルを唱える声とともに、ハーデスと萌莉たちの間で大地が割れ、裂け目から氷山の一角が突き出した。
「な、なんだぁ!?」
ハーデスが警戒して後退する。青黒火炎の死神二体が振るった鎌は氷山の一角を左右からザクッと切断するにとどまった。
氷山に足元をすくわれ、体勢を崩した萌莉とカリンを、その何者かが抱きかかえてハーデスと距離を取る。
「萌莉さん、カリンさん、助けに来ましたよっ」
萌莉とカリンの目の前にいたのは、左側頭部を刈り上げた青い短髪で、紺色のヘッドバンドを着けた少年だった。カジュアルな紺色のトレーナーの上下を着たその少年に、萌莉もカリンも見覚えがあった。
「睦月くん!?」
萌莉が驚き声を上げる。
「てめぇ、だれだ?」
ハーデスは分析するようにしばらく少年を眺めている。
「萌莉さんって、タマヨリさんだったんですね。お久しぶりです」
「えっ!?」
「????」
「僕はAIタマですよ! やっと会えましたね!」
「?????」
カリンはAIタマのことを「猫時代に聞いた母タマヨリの武勇伝」の中の登場人物としてしか知らない。
だが、タマヨリの記憶が戻った萌莉はかつての相棒AIタマが睦月葵大であったことに度肝を抜かれる。
「えええええっ!? 睦月君がAIタマなの!?」
「はいっ! 再会のお祝いは後でゆっくりするとして……まずはアイツを」
助っ人クラスメイトの睦月葵大は転生時の不具合でAIタマだった前世の記憶をもっている。ゆえに状況の呑み込みも早かった。
「ゼロスさんも人が悪い……転生バグがあったならみんなに伝えるべきだよね……」
「転生バグ?」
「ゼロスさん?」
「うん。僕も、おそらく萌莉さんもね。ゼロスさんがおこなった転生操作に一部バグがあったみたいです。それより何より……こんなギリギリにバトルを手伝えなんて、もっと早く言うべきだよ……ひどいや……」
葵大は痛々しい美伊の姿を目をやる。だが、表情は暗くならなかった。
──まだ息があるっ! 美伊さんも間に合うぞ!
「『水を得た魚』『焼け石に水』っ!」
槍で串刺しになったままの美伊と、萌莉、カリンの三人に向けて葵大が回復スキルと防御スキルを唱える。
葵大の右の人差し指から青白く光る水弾が合計六発放たれる。三人の身体にあたると、はじけて水しぶきがシャワーのごとく降り注ぎ、薄く白い光の膜が三人を包んだ。
ハーデスは助っ人葵大の様子をイラつきながら眺めていた。
「ちっ。新手の能力者か。まぁ、俺様の手柄が増えるだけだがな」
「萌莉さん、カリンさん、回復と防御のスキルをかけましたが、まだ闘えますか!?」
葵大の問いかけにふたりはうなずく。
「カリン……コタマちゃんは休んでて。ママと睦月君で倒すから」
萌莉はハーデスの攻撃でダメージの大きいカリンを労わるのだが、カリンはかぶりを振った。
「あたしはもう守られるだけなのはヤダよ。ママ」
語尾に「ニャ」を付けず、真剣な眼差しでまっすぐ自分を見つめるカリン。
「もうこんな思いは二度としたくない。誰も傷つけられたくないよ」
「……そう……わかったわ……じゃあ三人で協力して倒そう」
──もう守られるだけじゃないのね……。
三人はハーデスに対して身構えた。
「おいおいおいおいおい。助っ人登場で逆転勝利できるってか!? 世の中そんなに甘かねぇぜ~」
言いつつも、ハーデスも焦りの色を隠せない。楽勝だと考えていた三人の少女に手こずっていたところに、未知の能力者が現れたからだ。
ハーデスはこれ以上先手を撃たれまいと再びスキルを唱えた。
「『万死一生を顧みず』『死生命有り』っ」
野太く低い声に呼応し、再び青黒火炎が死神を二体象っていく。
──回避不能って言ってたけど、氷山で回避できたよね。
葵大が右手の人差し指をくいっと上に向けると、さらに氷山が突き上げてきた。
──これでもう一度回避できるか?
だが、二体の死神は地面を突き破って伸び上がる氷山を瞬時に迂回して、左右から回り込み、素早く鎌を振り上げた。
ザクッ──。
包丁で肉片を切り裂くような音とともに、萌莉と葵大の身体が真っ二つにされる。
「うぐっ」「ぐああ」
「ママぁああああああああ」
──まずいわ。
──くそっ。助っ人の僕がやられてどうするっ。
だが二人の体は『焼け石に水』の効果で、切断された面にも防御膜が張り、出血は無い。
それを見たハーデスの胸中は穏やかではなかった。
「ちっ。即死は免れたようだな~まぁ、その防御スキルの効果が切れたら終わりだろうがな~あと一人をやればthe Endだぜ~」
カリンに目をやったハーデスの背後には依然、二体の死神が鎌をもってかまえている。
母と仲間が真っ二つにされるのを目の当たりにしたカリンは血の気の引く思いで萌莉に駆け寄る。
「ママ、ママ、大丈夫、ママ、『明鏡止水』『明鏡止水』『明鏡止水』──」
「……コ、コタマちゃん……やっぱり……逃げて……」
「ヤダよ。ママを置いていけないっ」
大粒の涙が頬を伝っていくカリン。萌莉に回復スキルを繰り返し放つ。
「……それ……なら……睦月君にも……回復……スキルを」
萌莉の言葉に我に返ったカリンは、葵大にも『明鏡止水』を唱えた。
「カ、カリンさん……ありがたい……だけど……自分の身を守るスキルを先に……」
絶体絶命の状況下でも皆が仲間を思いやる。人間より人間らしい猫とAI──。
──なんとかしないと……。
萌莉は前世、すなわちタマヨリ時代の記憶をたどって、時にまつわる言葉を思いつく。
──訓練でも使ったことがないけど、試す価値はある……ただ……私が耐えられるか……。
萌莉は自身と葵大の体を見て、回復スキルでは間に合わないことを悟る。
──迷っている暇はない……。
萌莉は力を振り絞り、両腕で上体を起こしてハーデスを指さす。
「『モトノモクアミ』ッ!」
萌莉が唱えると、萌莉の前に時計が出現する。白く輝きながら宙に浮く時計の針は、今までとは異なり、反時計回りにグルグルと回転し始めた。
──うぅ……。時を進めるよりキツい……。
ハーデスの放った青黒火炎の死神は巻き戻し映像のような動きを始め、そのままハーデスの元へ戻るや否や消失した。同時に、萌莉と葵大の体も元に戻っていく。
「小癪なスキルを」
ハーデスが声を荒げる。
「萌莉さんっ! すごいっ! かつてクィーンキングが使った『元の木阿弥』で時を戻したんだ」
葵大は感慨深げに声を漏らしたが、萌莉はそのまま何も答えることなく気を失い倒れた。
「ママぁ」
「萌莉さんっ」
──く、くそぉ。僕が足手まといになってどうする。格好悪いにもほどがあるぞっ……。
「萌莉さんのスキル、無駄にしてたまるかっ!『鉄砲水』ッ!」
葵大が右手を銃のように構えて左手を添えると、右の人差し指が青白く光った。
──ロキの末裔とかいう奴には効いたけど、アイツにも効くのか!?
葵大の周囲に、フィールド内の水蒸気が収束していく。葵大の周囲が青白く輝く。
──でも、やるしかないっ! 効いてくれ!
「くらえっ!」
ズバーン──。
かつてロキをあと一歩まで追い込んだ『鉄砲水』がハーデスに向けて放たれた。
最後までお読みくださりありがとうございます。第49話も第48話更新後、20分程度で更新いたします。ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に感謝しております。かなり励みになっています。今後ともよろしくお願い申し上げます。
□語句スキル解説
『氷山の一角』
海の氷山の特徴から、現れているのは全体の一部で、他の大部分は隠れたままであることを意味する。
ここでは地中の水を凍らせ氷山として出現させるスキル。用途は防御だけでなく攻撃にも使用できる。
『水を得た魚』
自分の得意分野を得て、いきいきとするもののたとえ。
当初、水にまつわる特性のある者限定であったが、葵大がレベルアップして誰にでも効く回復スキルとなっている。
『焼け石に水』
焼けた石に水をかけてもすぐに蒸発することから、何の役にも立たない、効果がないことのたとえ。
ここでは敵のスキルの効果を受け付けない防御スキルのこと。
『元の木阿弥』
元の悪い状態に戻ってしまうことを意味する。
ここでは時を巻き戻し、相手のスキルを詠唱前に戻すことで全てを元に戻すスキル。
※かつて第一部のラスボスクィーンキングが使ったスキルだが、タマヨリの記憶が戻った萌莉は思い出しながら試して成功した。
『鉄砲水』
本来は災害の一種で、豪雨によって堰を切って激しく流れる水のこと。洪水や土石流とは異なり、一気にかさを増していく。
ここでは大気中の水蒸気を集めて、激流を作り出し攻撃するスキルのこと。




