#48 第47話 蛙の面に水,万死一生を顧みず,死生命有り
今年も残すところわずかとなりました。ずっと読んでくださっている方々も初めてお越しの方もありがとうございます!予定より遅くなりましたがさっそく始めたいと思います(*´ω`*)
「美伊たんっ!!!」
萌莉を治癒していたカリンは、美伊を助けようと駆けていく。
「……カ、カリン……さん……来ちゃ……ダメ……萌莉さんと……逃げ……」
美伊が言葉半ばで意識を失う。
ハーデスは槍を元の長さに戻し、美伊の体を貫いた槍先を見上げながら上方へかざす。
「お前の魂、冥土の土産にさせてもらうぜ~フハハハハッ」
「美伊たんを返せっ」
「『猫に小判』『明鏡止水』『猫に小判』『明鏡止水』『猫に小判』『明鏡止水』──」
カリンは涙をこらえながらハーデスに向けてやけっぱちの攻撃スキルと美伊に向けて回復スキルを連発する。
だが、カリンから放たれた水の玉は、ハーデスの体にあたるとパチンジュワー、パチンジュワーと空しく蒸発していった。
ハーデスはカリンの攻撃を意に介さず、ゆっくりと歩き始める。
──どこに行く気にゃ!? まさかっ、萌莉たんのところ!?
「あ、あたしが相手にゃっ!」
カリンはハーデスが萌莉の方へ向かうのを止めるために、必死で叫ぶ。
「ガキの相手は後だ。きっちり殺してやるから、そこで待ってろ。先に厄介なスキルを使うアイツにとどめをさす」
その言葉を聞いたカリンは萌莉の元へと再び駆けていく。
──あ、あたしが弱いせいだ……。
ゆっくり歩むハーデスを追い越したカリンは、ハーデスの前に出て、両腕を真横いっぱいに広げ、大の字になって立ちふさがる。堰を切ったように流れる涙が頬を伝う。
──あたしが弱いからみんながやられるんだ……。
「こぉら~じゃまだ、どけっ。お前から先に殺してもいいんだぞ」
「どかないっ!」
カリンのふたりを守りたい気持ちが、ハーデスに対する恐怖だけでなく死に対する恐怖さえ凌駕していた。カリンはハーデスを上目遣いでにらみつける。
──絶対、ふたりを守る……。
「じゃまだっ」
ハーデスはカリンに右回し蹴りを食らわせる。
ドガッ──。
真横へ吹っ飛ばされるカリン。
「ぐっ……」
カリンの脇腹に激痛が走る。
それでも、カリンはまたハーデスの前に駆け戻り、大の字になって立つ。
──無敵のイメージでスキル……。何か、何か……。
バキッ──。
今度は左回し蹴りで反対方向に吹っ飛ばされるカリン。
「うぐっ」
それでも立ち上がる。ふらつき体勢を崩す。それでもまた立ち上がる。そして、再びハーデスの前に戻り、大の字で立ちふさがる。
「あ~うぜぇ~もうお前からやってやる」
ハーデスがしびれを切らし、美伊を串刺しにしたままの槍の柄を地面に突き刺して身構える。
その時、カリンが先にスキルを口にした。自らにスキルを放つべく、両の掌を自身に向ける。
「『ヤケイシニミズ』『カエルノツラニミズ』」
水色の液体が両の掌から湧き出る。ゼリー状の液体はカリンの体を包み込み終えると、美伊と萌莉の方へも飛び散り、二人の体も包み込んだ。
三人を完全に包み込み終えた液体は光り輝き始める。
「なんだ~? 水か~? お前の水なんぞ焼き尽くしてやるぜ~」
ハーデスがカリンに向けて構え唱える。
「『阿鼻叫喚』~」
突き出したハーデスの右拳から青黒い火炎が放たれた。
ドガッ、ジュ──。
「お前のしょっぺぇ水は簡単に蒸発すんだよ~」
ハーデスは言いかけてぎょっとする。
「なんだとぉ?」
消えたのはカリンの水ではなく、自身の青黒火炎であったのだ。
「あぁん? どこまでもつんだ? それぇ?」
イラつくハーデスは『阿鼻叫喚』によるスキル攻撃を連発する。だが、すべてカリンの体を覆う液体によってかき消された。
「ちっ。ガキのくせに面倒くさいスキルを使いやがって~うぜぇ~な~、これならどうだ~?」
今度は物理攻撃に切り替え、自らの両拳で連打し始める。
ドゴンッバゴンッっと鈍い音が響き渡った。
拳がぶち当たるたびに、その箇所から液体が飛び散る。
──うぅ……うぐ……。
カリンが必死に耐える。
「おらおらぁ~。その液体がなくなるまで殴り続けてやるぜ~」
カリンを覆う青い液体が少しずつ飛び散っていった。
「ちっ。しぶといガキめ、あ~めんどくせぇ~」
ハーデスは拳だけでなく、蹴りも食らわし始めた。
「あ、あたしはガキじゃないっ! 三人の中で一番強いっ! あたしを先に倒せっ!」
カリンの精一杯の強がりであった。
火炎のダメージこそゼロであるが、拳や脚での物理攻撃は少しずつダメージが蓄積されていった。『蛙の面に水』は物理攻撃を、『焼け石に水』はスキル攻撃を防御する、ともに強力なスキルであったが、圧倒的なパワーの差が災いし、防御の水膜はすり減らされていく。
──どうすればいい? このままじゃ負けちゃう……。
カリンはふらつきながらも大の字をやめない。だが、攻撃スキルで現状を打開する策は思い浮かばない。
ハーデスは攻撃の手を緩めない。カリンはサンドバッグのようにやられるがままであった。
カリンの意識がとびかける。
──負けるもんかっ。絶対、倒れないっ……。
カリンは、容赦ないハーデスの連撃を食らいながらも歯を食いしばり耐える。
そのとき、萌莉が意識を取り戻す。
「うぅ……」
「えっ?……み、美伊ちゃんっ……」
上体を起こした萌莉は、ハーデスの槍に串刺しとなっている美伊の無残な姿を見て胸がつぶれそうになる。
続いてハーデスとカリンの姿も目に入った。
「カ、カリンちゃんっ……」
ハーデスに袋叩きされているカリンを見た萌莉の脳裏にどす黒い何かが渦巻いていく。
──うぅううううう。
萌莉は立ち上がろうとするが足に力が入らない。
──私の……せいだ……私のせいでふたりをこんなことに……。
ハーデスに殴られ続けても大の字をやめないカリンの姿が涙でぼやけていく。
──痛っ。
突如、萌莉は激しい頭痛に見舞われ、手で頭を押さえる。
──な、何……これ……。
萌莉の脳裏に猫耳の少女が大の字になって攻撃を受ける映像が浮かぶ。紺色のローブのような衣装を身にまとい、尻尾が生えている。その周囲にはともに闘う仲間もいた。
──こ、これ……カリンちゃん? ち、ちがう……こ、これ……私……?
萌莉はようやく立ち上がり、おぼつかない足取りでカリンの元に歩み寄る。
時を操るスキルの多用したことによるバグなのか、母が子を思う強い気持ちがそうさせたのか──。
断片的にではあるが、萌莉の前世の記憶が蘇ったのだ。
──私が、タマヨリ……? カリンちゃんの……ママ!?
歩み寄る萌莉にハーデスが毒づく。
「おぉ~飛んで火にいる夏の虫だな。マヌケがっ!手間が省けたぜ~」
萌莉はカリンの前に割って入るや否や、ハーデスに背中を向け、カリンを守るように抱きしめた。
「ほぉ、観念したようだな~すぐに楽にしてやるぜぇ~」
ハーデスはカリンを抱きしめる萌莉に攻撃を食らわせる。
「うぅっ」
呻き声を上げる萌莉。殴られる度、カリンの張った防御の水膜が飛び散る。
カリンは、薄れる意識の中、自身を抱きしめる萌莉の体からぬくもりを感じる。それとともに、カリンの瞳には、萌莉と重なって母タマヨリの姿が映った。
「え……!? ママ……!? ママなの……!?」
「コ、コタマちゃん……」
萌莉の口から零れた名前は、猫のときのカリンの名前であった。
「ママっ!?」
「コタマちゃんっ」
カリンを抱きしめる萌莉の腕に、手に、指に、ぎゅっと力が入る。
「私が……ママのタマヨリだった……」
「ママぁ、会いたかった……」
「気づかなくて……ごめんね……」
「会いたかった……」
「痛かったでしょ……もう大丈夫。私が守るから……」
「ママぁ……」
「おいおいおいおいおいおいおい~ゴラァ~何やってんだ~あぁん!? お前らの親子ごっこに付き合う気はねぇぜ~冥土で親子水入らず、仲良くすごしな~」
ハーデスは容赦なく、抱き合う萌莉とカリンに向けてスキルを放つ。
「『バンシイッショウヲカエリミズ』『シセイ、メイアリ』」
ハーデスが唱えると青黒い火炎が体中から吹き出す。その火炎は、ハーデスの背後に死神を二体象っていき、同時にハーデスの手には漆黒の鎌を象っていった。
「これも回避不能だぜ~フハハハハッ」
ハーデスが振るう漆黒の鎌が萌莉とカリンに襲い掛かる──。
最後までお読みくださりありがとうございます。ブクマ、評価、いいね、感想をくださった方々、本当に感謝しております。かなり励みになっています。今後ともよろしくお願い申し上げます。
□語句スキル解説
『焼け石に水』
焼けた石に少々水をかけたところですぐ蒸発して冷えないことから、何の役にも立たないこと。ここでは、敵のスキル攻撃の効果を無効化する防御スキル。
『蛙の面に水』
蛙は顔に水がついても平気であることから、どんなことをされても気にせず平気でいること。ここでは、敵の物理攻撃を無効化する防御スキル。
『万死一生を顧みず』
万に一つも生き延びる希望がないこと。「万死一生」「九死一生(九死に一生を得る)」の対義語にあたる。ここでは『冥土の土産』と並ぶハーデスの必殺スキルの一つで、死神を召喚し攻撃するスキル。
『死生、命あり』
人の生き死には天命によるので人の力ではどうすることもできないということ。「死生有命」ともいう。ここでは『冥土の土産』と並ぶハーデスの必殺スキルの一つで、死神を召喚し攻撃するスキル。
それぞれ一スキルで対象一人しか倒せないので、ハーデスは二つ唱えた。
以上になります。
※次話で本章の最終話になります。最後までお読みくださりありがとうございますm(_ _)m




