#4 第3話 水無月霞凜(カリン)
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本日からGW中、5月4日まで、1日1話更新予定です!(#7 第6話まで文章は完成済みです)
さわやかで清々しい春の朝──。
チュン、チュン、chun……、チュン、チュン、chun……。
まばゆい光の中で囀る小鳥たちの中には、人工知能が搭載されたAIバードも混ざっていた。
姿形はもちろん、鳴き声まで本物と遜色のないAIバードは、防犯カメラ機能や細菌・ウィルス検知機能まで備わっている。
皐月家の2階の一室──。
水色のボブカット、猫耳にアホ毛の小柄の少女が、ベッドの上で眠っていたが、突然、パチッと瞳を開き、上半身を起こした。
続けざま、少女はベッドの上でさっと四つん這いになった。そして、パジャマ姿で背中を反るように伸ばしながら、大きなあくびをする。
「ふわぁ~」
「……あっ! あたし、人になってるにゃ。そうだったにゃ」
転生前のクセで、つい、寝起きの伸びをしたコタマは、自身の両前足が人の手になっているのを見てゼロスの言葉を思い出した。
──未来を……変える……? あ、未来を変えなきゃダメだったのにゃ。えと、あたしの名前は……コタマじゃなくて……にゃんだったっけ?
部屋にある等身大の鏡をおずおずと覗く。右を向いたり左を向いたり、後ろを向いて振り返ったり、両手の人差し指で両ほほをつついてみたり、首をかしげてみたり──さまざまなポーズで自身の姿を確認する。
「ふぇ~、全身、人になってるにゃ……かわいい人間の女の子にゃ……」
名前を思い出せないまま、部屋の扉を開いて、おそるおそる1階へ降りていく。
1階のキッチンでは、皐月久愛が朝食の準備をしていた。転生前は下から見上げていた久愛の姿を、同じ目線で少し眺めてから、カリンは声をかける。
「久愛姉にゃ! おはにゃ! 見て見て! あたし、人間になったにゃ!」
声に気づいて振り返った久愛は、その言葉を耳にして目を丸くする。
「あら、カリン、おはよう……朝から何寝ぼけたことを言ってるの? 人間になったにゃあって?」
「?????」──カ、カリン……、そうにゃ、カリンだったにゃ。
「カリン、もうすぐ朝食ができるから早く食べて着替えないとだめよ。 今日から一緒に学校へ行くんでしょ?」
「久愛姉にゃ、あたし……人間になったにゃ……」
「猫になった夢でも見たの? 『にゃ』『にゃ』って」
──ん……なにか、おかしいにゃ……。
不安を覚えるカリンに久愛が言った。
「それに……カリン、キャットイヤーを付けたまま寝たの? 寝るときは外しておいた方がいいわよ」
「キャットイヤー?」
この時代の猫耳型のヘッドフォンは、単なる飾りではなく自分の意思で動かせる猫耳がついたものもある。
「もういいから、ね、早く食べて準備しないと、放っていくわよ」
「あ、は、はいにゃ……」
──ちょっと待って、何かおかしいにゃ。あたしの耳は本物だし……。
「久愛姉にゃ、ママは? タマヨリママはどこにゃ?」
「タマヨリママ? だれそれ?」
久愛がけげんな顔をして聞き返した。
「あたしのママのことにゃ。ママが何かの下敷きになって、あたしは助けられなくて、ゼロスたんが時を巻き戻して、みんな生き返ると言われて……」
「という夢を見たの? もういいわ、先に顔を洗ってきて。そうしたら目が覚めるから」
久愛はあきれ顔でカリンに言い放った。
「ちがうにゃ、あたしとママは久愛姉にゃが飼っていた猫で……あたしはコタマという名前の猫で、ママがタマヨリという名前で……」
久愛はカリンの顔をまじまじと見つめながら諭すように言った。
「カリン あなたは私のいとこでしょ」
「久愛姉にゃ、ちがうにゃ」
「カリン、もう猫の真似はやめて早く顔を洗ってきて」
「……は、はい、顔を洗ってきます……」
──ん……おかしいにゃ。
カリンはしぶしぶ顔を洗いにいく。大嫌いだったお風呂のあるバスルームの入り口手前の洗面台で再び自分の顔を見つめる。
──おかしいにゃ。久愛姉にゃはあたしをからかってる? いや、そんな顔ではなかったにゃ……。
カリンが洗面台の所定の位置に顔をかざした。すると洗面台から適温の湯と柔らかな泡が包み込むようにカリンの顔を優しく洗い流した。洗顔が終わると、濡れた顔を温風が乾かしていくだけでなく、髪にブローもかかる。その全てがAIによって自動で行われるのだ。
──久愛姉にゃのを見てたから、簡単だったにゃ。にしても……思ったより気持ちよかったにゃ……人間て……いいにゃ。
カリンは鏡に映る自分の顔を見つめながら、もう一度、久愛にきちんと話をする決意をしてリビングへ戻る。
「久愛姉にゃ、あたしはゼロスたんと未来を変える約束をしたにゃ。ゼロスたんが過去に戻すから、タマヨリママも他のみんなも無事だって言われたにゃ」
「ん……カリン。ほんとにどうしたの? 話し方もいつもと違うし、おばさんは海外勤務でしばらく帰国できないって分かってるでしょ?」
「……おばさん?」
「カリン、朝食、たべよう。ねっ」
久愛はカリンが寝ぼけているのだと思い、朝食を促す。
──だめにゃ……。
ひとまず諦めたカリンは久愛とともに朝食を食べ始める。カリンにとっては初めて食する憧れの人間の食事だった。だが、混乱しているカリンは淡々と食事を終えた。
「ごちそうさまでした」
久愛が両手をあわせていうのを真似て、カリンも両手をあわせてごちそうさまをした。
久愛は立ち上がりながらカリンを急かす。
「片づけは私がしておくから、カリンは早く準備をしてね」
普段なら家事使用人のAIに任せるところなのだが、修理中のため久しぶりに家事をする久愛にとってもあわただしい朝になっていた。
朝食を食べ終えたカリンは、カバンに学習用タブレットを入れようとした際に、「水無月霞凜」という名前が記載されていることに気づく。
──そうにゃ。あたしはミナヅキカリンだったにゃ。
苗字も思い出せたカリンは少し安堵した。
──なるほど……あたしは、久愛姉にゃの飼い猫としてではなく、いとことして生まれ変わったってことにゃ。じゃぁ、ママはどうなったにゃ。ゼロスたんは嘘をついたにゃ?
不安と不満を綯い交ぜにしながらカリンは制服に着替える。
──ひとまず久愛姉にゃと一緒にいるしかないにゃ。ママは自分で探すしかなさそうにゃ……。
カリンは制服姿の久愛と一緒にカバンを持って家を出た。猫ではなく人の目線で眺める景色があまりに新鮮で、カリンの心は少しばかり癒された。
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